Category: コラム

9月 01 2010

Patti SmithとJohnny Deppが共演

先週末、米アーカンサス州リトル・ロックで開催されたチャリティー・コンサートにパティ・スミスが出演した。このパティのステージに、パール・ジャムのギタリスト、エディー・ヴェダーと俳優ジョニー・デップがゲストとして登場、2曲共演した。大物俳優として知られているデップだが、高校時代からロック・バンドで活動、ミュージシャンとしてブレイク寸前だった時に、ニコラス・ケイジに勧められて俳優の道を選んだのは有名な話。80年代にはグラムっぽい、ガンズ・アンド・ローゼズ風のバンド、ロッキー・シティ・エンジェルズ)で活動していたデップ、このバンドでゲフェン・レコードからアルバムを発表、内1曲を共作していた。その後、バットホール・サーファーズのギャビー・ヘインズとPいうバンドを結成、1995年にキャピトル・レコードからセルフ・タイトルのアルバムをリリースした。このアルバムはアバとダニエル・ジョンストンのカバーが収録されている。
最近では1997年のオアシスの「フェード・イン-アウト」にはスライドギターで参加、更には自らのレコードレーベル“UNISON MUSIC”を設立し、新人発掘を行っている。

8月 30 2010

コブクロが初のカバー・アルバムに挑戦

コブクロが最新作『オール・カバーズ・ベスト』で、イーグルズ、エリック・クラプトン、シェリル・クロウ、BBキングなどによる多数の名曲の他、一風変わった経歴を持つ曲「カリフォルニア・サン」をカバーしている。この曲は今時代を代表する、米アーカンサス出身の黒人プロデューサー/作曲家/編曲家/トランぺッターのヘンリー・グローバーが書いた曲。正確には、悪名高きレコード・レーベル重役/ギャングスターのモリス・レヴィとの共作である。レヴィは他のソングライターに実際には自分が参加していない曲の共作クレジットを強制していたことで有名だった。

最初に同曲をレコーディングしたのはニューオリンズの歌手ジョー・ジョーンズ(代表曲は1961年の「ユー・トーク・トゥー・マッチ」)だったが、かろうじてチャート最下位にランクインした程度だった。その後、1964年にインディアナ州出身の高校生ボーイズ・バンド、リヴィエラが歌って世界的ヒットに(カリフォニルニアを訪れたことがないのにこの曲をヒットさせたリヴィエラは、カリフォルニアでのライブが実現する前に解散)。1975年にNY出身のプロトパンク・バンド、ディクテイターズが歌って再び注目を集め、その後同じくNYパンク・バンドのラモーンズがカバーしている。今回、コブクロはこのラモーンズ・バージョンからインスピレーションを受けた様だ。その他にもカリフォルニア出身のランシッドをはじめ、主にサーフ系かパンク・バージョンで多数のアーティストにカバーされており、スウェーデン語バージョンも存在する。

8月 13 2010

Billy Ray Cyrusが新Brother Clydeを始動

元カントリー・クロスオーバー・シンガーで俳優のビリー・レイ・サイラスが自身のバンド、ブラザー・クライドの新バージョンを結成した。メンバーはサマンサ・マロニー(ピーチズ、モトリー・クルー、ホールのドラマー)と元スノットのギタリスト、ジェイミー・ミラー。ロックと南部ロックのサウンドが特徴の今作は驚くほど完成度の高いサウンドだ。ティーン・スーパーアイドル、マイリー・サイラスの父でもあるビリー・レイ・サイラスは1982年にシングル「エイキー・ブレイキー・ハート」の超ヒットをきっかけに、アルバム『サム・ゲイヴ・オール』で全世界2千枚を超える売上げを記録した。

8月 05 2010

「Sunny」のBobby Hebbが死去

1966年の大ヒット曲「サニー」で有名な歌手のボビー・ヘブが癌のため8月3日に72歳で他界した。この「サニー」という叙情歌は微笑む女の子がテーマで、JFK暗殺とナイフ闘争で殺害された兄の衝撃的な死から立ち直ろうとヘブが1963年に作曲した。何度もレコーディングされてきた同曲のカバーのうち少なくとも150曲は日本でリリース、3分の1は邦人アーティストによるもので、スパイダーズ、ピンク・レディ、和田アキ子、ウルフルズ、カルメン・マキのヘヴィメタ・バージョンなど、2001年には奥田民生もカバーした。全世界では500以上のカバー・バージョンが存在するという説もある。同曲をレコーディングしてきたアーティストにはジェームス・ブラウン、ウィルソン・ピケット、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、ヴェンチャーズ、ハーブ・オータ、ホゼ・フェリシアーノ。そしてデイヴ・パイク、ウェス・モンゴメリー、パット・マルティーノ、ソニー・クリスら多数のジャズ・アーティストがいる。
ナッシュヴィルで全盲の両親の間に生まれたヘブは8人家族の中で育った。3歳で家族のグループと共に歌い踊ることを始め、その後プロとしてR&B、ジャズ、ポップ、カントリーのバンドで活動し、ギター、トランペット、スプーンズを演奏してきた。

Sunny

7月 29 2010

美貌の歌姫VV Brownが人気拡大中

イギリス出身でジャマイカ人の両親を持つ、類い稀なる才能と容姿に恵まれたVVブラウンが相変わらずアメリカで人気だ。VVはアルバム『トラベリング・ライク・ザ・ライト』を今年2月にリリース。3月にテキサスで開催された音楽見本市SXSWでは最もセンセーショナルなアーティストの1人として話題を集めた。それ以降、シングル「シャーク・イン・ウォーター」がアメリカのTV番組『アグリーベティ』挿入歌になるなど、多数の曲がTVに起用されている。モデルとしても有名ファッション誌に登場し、間もなくマルーン5とのツアーを開始するなど幅広い活動を続けている。

7月 23 2010

Janis Joplinの人生がついに映画化!

公開予定の偉大なアーティストの伝記映画は、エイミー・アダムスがジャニス・ジョプリン役を演じる『ジャニス・ジョプリン:ゲット・イット・ホワイル・ユー・キャン』だ。監督は『シティ・オブ・ゴッド』で知られるフェルナンド・ メイレレス。ちなみにミュージカル『ラヴ、ジャニス』は、ジャニスが家族に書いた手紙をベースにしたストーリーにヒット曲を多数織り交ぜた内容でそこそこの成功を収めた。これまでに度々ジャニスの伝記映画を作る試みはされており、ゾーイ・デシャネル、ピンク、レニー・ゼルウィガー、スカーレット・ヨハンソンなどがジャニス役候補に上がってきた。ちなみにベティ・ミラー主演のヒット映画『ザ・ローズ』は、ジャニスがスターの座を手に入れるまでの軌跡を参考にしている作品だ。テキサスで異端児として育ったジャニスは1965年にビッグ・ブラザーに加入したことでサンフランシスコで成功を収めた。「ピース・オブ・マイ・ハート」、「ア・ウーマン・レフト・ロンリー」、「ミー・アンド・ボビー・マッギー」、「メルセデス・ベンツ」など多数の大ヒット曲を世に送り出したが、麻薬の過剰摂取で27歳という若さで他界した。

7月 21 2010

タワーレコード創始者Russ Solomonが引退

米音楽ビジネス界の御大でタワーレコード創始者のラス・ソロモン(84)が正式に引退を表明した。ソロモンは1960年にカリフォルニア州サクラメントでタワーレコードを創設。同社は様々なニーズに対応する豊富な商品を揃えた、音楽ファンによる音楽ファンのための小売りチェーン店として世界的なビジネスを展開する様になり、年間の売上高が10億ドルを超えたことがあった。タワーレコードは1979年に日本での店舗経営を開始、音楽ファンの多い日本でのビジネスは大成功を収め、2002年に売却されるまで日本事業の売上高は親元のアメリカを上回っていた程だった。しかし無謀な業務拡張、ライバル社による激しいディスカウント商戦、インターネットの違法音楽サイトといったマイナス要素はかつて業界のトレンドセッターだったタワーレコードに致命的なダメージを与えた。アメリカ本社は赤字清算のために売却され、2006年12月22日に最後の店舗を閉鎖した。

日本事業はDocomoや7-Elevenをはじめ複数の株主によって経営が継続されている。ソロモンはその後タワーレコード第一店のサクラメント店跡地でR5レコードを営んでいたが、現在は店舗スペースを地元チェーン店のディンプルズ・レコードに貸している。ソロモンの引退パーティを後援したディンプルズには世界中から元タワレコ社員が集まり盛大な催しとなった。第一線から身を引いても、お客が買い物しやすい営業時間と知識豊富なスタッフが迎えてくれるカラフルで奥深い商品の並んだ音楽スーパーマーケット、タワレコを築いた人物ソロモンは業界の伝説であり続けるだろう。
ロス・ソロモンへ最高の敬意を表したい。

7月 07 2010

Let’s go crazy! Princeが最新作を無料配布!

プリンス、通称パープル・ウィヤドーが相変わらず奇々怪々な行動を続けている。1993年から2000年までプリンスとして活動した彼が今週、最新作『20テン』をイギリス、ドイツ、ベルギーの新聞や雑誌の付録として無料配布する。各媒体に掲載されているインタビューでは、“インターネットの時代は終わった”とコメントし自身のHPを閉鎖したことを発表。さらに“コンピューターとデジタル機器には反対”として、 メジャーのレコード会社が守っていたアーティストへの前払い金システムを実践しないiTunesやYouTubeに対する嫌悪感も示している。

プリンスは、今年コーチェラ・フェスティバルでレディオヘッドの「クリープ」のカバー・バージョンを演奏。その直後にYouTubeにアップされたパフォーマンス映像の撤去を要求したが、再びアップした上に自身のサイトにも同じ映像を使っていた。立役者ワーナー・ブラザーズによってスーパースターの座を手に入れたプリンスだが、“奴隷”の様にこき使われていると主張し契約を破棄。それ以来、当時のメジャー・レコード会社5社すべてからリリースし、自己リリースも試みたが失敗に終わっている。

プリンスのHPの提供サービス、ディストリビューション、価格が劣悪以下の内容だったため献身的だったファンらが激怒し、その間は売上げが激減。逆上したプリンスはファンクラブを起訴すると脅迫までしていた。その後はメジャーに復帰し、キャリアを大幅に回復させた。現在のところは、『20テン』がアメリカと日本で発売もしくは無料配布される予定はなさそうだ。誰が何と言おうと、プリンスが才能に恵まれたソングライター、ギタリスト、パフォーマーなのは確かなのである。

6月 28 2010

Dan Penn、待望の来日公演が決定

伝説のシンガーソングライター、ダン・ペンが10年以上ぶりに来日、8月25日と26日に東京・六本木のビルボードに出演する。
自身の曲ではヒットに恵まれていないダン・ペンだが、「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」、「ウーマン・レフト・ロンリー」、「ドゥ・ライト・ウーマン、ドゥ・ライト・マン」、「アイム・ユア・パペット」など多くのアーティストに何度もレコーディングされてきた曲を多数手がけている。例えば「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート(邦題:暗い街角)」は、1967年にジェームス・カーが歌って大ヒットとなり、それ以来、アレサ・フランクリンやアレックス・チルトン、ティーンエイジャー・ファンクラブ、ドリー・パートン、エルヴィス・コステロ、リンダ・ロンスタッド、フランク・ブラック、フライング・ブリート・ブラザーズ、プリンス・バスターなどなど。50人以上のアーティストがカバーしている。映画『ザ・コミットメンツ』ではライ・クーダーがインストゥルメンタル・バージョンをレコーディングし、楽曲のバージョンの数も多様だ。ダンのヒット曲の大半は1960年代と70年代のものだが、近年の作品で卓越しているのはペギ・ヤング(ニール・ヤングの妻)の「アイム・ノット・ダン・ラヴィング・ユー・イエット」、キャンディ・スタントンの「ブレイク・ダウン・スロー」、ジョー・コッカーとソロモン・バークがレコーディングした「ドント・ギヴ・アップ・オン・ミー」(ソロモン・バークは同曲でグラミー賞を受賞)など。
Dan

6月 28 2010

Shaggs『Philosophy of the World』がミュージカルに

シャッグスのファースト・アルバム『フィロソフィー・オブ・ザ・ワールド』(1969)をテーマにしたミュージカルが2011年春から全米の劇場で開幕する。ニューハンプシャー州フリーモント出身の姉妹によって結成されたシャッグス、占い師から娘達が有名なポップ・バンドになると告げられたベースとドラムの父オースティン・ウィゲンズの説得によって結成された。変わったコードと音程の外れた楽器をよく使った彼女達の演奏スタイルは非常にベーシックで、そのためにナイーヴな違和感を漂わせていた。当初1000枚しかプレスされなかったと言われているこのアルバムで、バンドに対する評価も様々だったが、いつしかフランク・ザッパやカート・コバーン、NRBQをはじめ音楽マニアの間で大人気となり、トリビュート・アルバム『ベター・ザン・ザ・ビートルズ』もリリースさた。

6月 23 2010

Michael Jackson、他界からもうすぐ1年

今週の金曜日はポップのスーパースター、マイケル・ジャクソンの1周忌だ。死後から1年経った今もマイケル関連の話題は絶えず世間を騒がせている。他界するまでの数年間、マイケルの築いた帝国は滅びつつあった。最新作のリリースとライヴが途絶えたために収入が激減しても豪華な暮らしを維持し、ハエの様に群がる大量のスタッフ、アドバイザー、小判ザメ、ごますり連中を養い続けていた。その反面で、マイケルの遺産管理財団は昨年だけで7億8300万ドル(約700億円)の利益を得たと言われている。その内訳の大半は映画『ディス・イズ・イット』の興行収入、そして人気が再燃し全米だけで1000万枚のアルバムを売上げたマイケルの過去作品によるものだ。

今日のチャートを見ると、トレインチャによるマイケル・ジャクソンのカバーを中心としたジャズ・ポップ・アルバム『MJ アコースティック・カバーズ』と『ネヴァー・キャン・セイ・グッドバイ』、マッシュアップ系のややベタなアルバム『ディス・イズ・マッシュ・アップ』がランクインしている。11月にはマイケルの遺産管理財団から2億5000万ドル(約230億円)で10枚のアルバムの権利を買い取ったと言われているソニーから未発表音源を収録したアルバム、『バッド』と『オフ・ザ・ウォール』のリイッシュー盤がリリースされる予定だ。12月にはシルク・ド・ソレイユによるマイケル・ジャクソンをテーマにしたサーカスが幕を開ける。

マイケルに血の繋がった子供がいないのは実質的に証明されているが、プリンス(13歳)、パリス(12歳)とブランケット(8歳)3人の子供達は相変わらず注目の的だ。これまでホームスクーリングを受けてきた子供達だが、今年9月からは私立の学校に通い始める予定だ。映画制作に興味があるプリンスは、すでに家族と一緒に映画を作ったことがあるとか。パリスは歌手か女優になるべく育てられている様だ。マイケルには私生児がいるという噂もあり、ノルウェー人のダンサー、オマー・バッティはマイケルの息子だとマイケルの父もこの事実を認めているが、オマー自身は“マイケルはあくまでも親友だ”と否定している。
“プリンス・オブ・ポップ”として売り出し中でマイケルにどことなく似ている歌手のB・ハワードが、マイケルと歌手のミキ・ハワードの私生児だという噂もある。

Michael

6月 23 2010

米国政府ようやくネットの著作権侵害に反撃

アメリカ副大統領ジョセフ・バイデンが「著作権侵害はティファニーの店の窓を割って(smash)、商品を盗む(grab)のと変わらない強盗行為(smash and grab)だ」とインターネット上での著作権侵害について反感を示す演説を行なった。
ネット上の知的財産著作権侵害による損失は拡大し続け、最大規模なのにも関わらず、これまで国家として消極的な対応しかとってこなかった米国政府によるこの発言は非常に異例。今回は主に音楽と映画の著作権侵害への取り組みがテーマだったが、副大統領は他にも急成長中の麻薬、タイヤ、飛行機の部品、防弾チョッキなどの偽造品のネット取引の危険性についても言及、世界的な問題である著作権侵害と闘うために33箇条にも及ぶ提案をし、アメリカが他国と協力していく姿勢であることを明らかにした。
一方イギリスでは、英国内のレーベル300社を代表する音楽業界団体 BPI がGoogle社に著作権侵害サイトを検索結果から排除する“停止命令”を出したばかり。これにより非合法取引を監視する役目が誰のものなのかという議論が再浮上しそうだ。

6月 14 2010

W杯サッカー応援グッズ、ブブゼラ

先週開幕したW杯でひときわ存在感を放っているのは、南アフリカ共和国の民族伝統楽器を原型としているブブゼラのブーブーという音だ。サッカーの試合中に、観客がこのプラスチック製の細長い形をしたチアホーンをひたすら鳴らして応援する南アフリカ特有のスタイルは15年ほど前に生まれたそう。W杯で最終日まで「ブーブー」というブブゼラの音が試合中ずっと鳴り響くわけだが、一部では耳障りだという意見もある。

6月 11 2010

Buffalo Daughter、魅力的なライヴ

昨晩、バッファロー・ドーターが代官山Unitでライヴを行なった。バンドは7月7日に4年ぶりとなる最新作『ウェポンズ・オブ・マス・ディストラクション』を発売、その収録曲も披露し、満員の会場を湧かせた。先行シングル「A11 A1one」は 現在iTunesで入手可能。ライヴで数曲に参加した多才なシンガー・フルート奏者、ピエール・バルーの娘さんのマイア・バルーによるソロ・セットも見応えのある内容だった。
素晴らしいライヴを観せたバッファロー・ドーターのフジロックでのパフォーマンスに注目だ。


6月 07 2010

William S. Burroughsの生涯がドキュメンタリー映画に

ビースティー・ボーイズのアダム・ヤウチ設立の映画会社オシロスコープ・ラボラトリーズが、ドキュメンタリー映画『ウィリアムス・S・バロウズ:ア・マン・ウィズイン』を制作した。同作は今秋に公開予定。議論の的の作家だったバロウズの代表作は『クイアー』、『ジャンキー』、そして“カットアップ”という手法を用いた『裸のランチ』(1959年)など。バロウズは米ミズーリー州セント・ルイスの裕福な家庭に生まれ育ち、生涯の大半を金銭面の不自由なしで過ごした。汗水流して昼間働く必要もなく、執筆作業だけに専念できる環境に恵まれていたにも関わらず、新聞のライター、バーテンダー、害虫除去作業者、麻薬の売人などもしていた。ハーバード大学とウィーンで学んだバロウズは、ローマ、タンジール、パリ、ロンドン、メキシコと様々な都市を放浪した。作家として本気になり始めたのは、あるパーティで酔った勢いで妻の頭に載せたカップを銃で撃つ遊びをしていて誤って殺害してしまった“ウィリアム・テルごっこ事件”がきっかけだった。主な作品のテーマは麻薬とセックス。彼自身もヘヴィーユーザーだったことで知られる。ドキュメンタリー映画は、バロウズとコラボしたイギー・ポップ、パティ・スミス、ローリー・アンダーソン、スロビング・グリストル、ジェロ・ビアフラのインタビューを収録。バロウズはその他にもトム・ウェイツ、カート・コバーン、REM、マイケル・フランティ、U2ともコラボしたことで知られる。彼の著書からバンド名を引用したバンドの中には、スティーリー・ダン(ディルド)、シン・ホワイト・ロープ(精液)、ソフトマシーン、マグワンプスなどがいる。また、“ヘヴィメタル”という言葉は、1962年に『裸のランチ』に登場する表現が元になって生まれたと言われる。

5月 31 2010

Bootsy CollinsのThe Funk University開校!

ブーツィー・コリンズが大学を創設することが明らかになった。このファンク大学(The Funk University)は音楽と音楽史を学ぶことのできるオンラインの通信制大学。ファンクの象徴であるブーツィーは、まだ19歳の時に当時全盛期にあったジェームス・ブラウンのバンドで鍛えられ、後にジョージ・クリントン率いるワイルドなパーラメント-ファンカデリックで活動した。ファンク大学の授業料は月額$34.99もしくは 年額$349,99という設定で、フリー、レス・クレイプール、ヴィクター・ウートンなど一流アーティストが客員講師をつとめる予定だ。フリーは長年に渡って音楽教育に関わってきていることで知られる。ロックスターとして有名になってから、より正式に音楽を学ぶために南カリフォルニア大学に入学。ある日、自身の卒業した小学校を訪れたフリーは、予算削減で音楽教育プログラムが廃止されたことを知り失望した。状況を改善しようと、恩師の音楽教師や地域のリーダー達と協力してNPOの音楽学校シルバー・レイク・コンザーヴァトリーを立ち上げた。同校は誰でも通うことができるが、特に地元の若者達の音楽教育に力を注いでいる。

5月 27 2010

SublimeのBradley Nowell 没後14年

今日は南カリフォルニアを拠点とするバンド、サブライムのリーダーのブラッドリー・ノウェルの14周忌だ。ノウェルは、サンフランシスコのホテルでヘロイン過剰摂取のため享年28歳で他界。スカ、ダブ、パンク、サーフ・カルチャーの影響を取り入れたユニークで唯一無二のサウンドを展開したサブライムが売上げたアルバムの数は1700万枚以上にのぼる。その大半がノウェルの他界後に売れたものだ。今もノウェルの音楽性は彼の音楽の中で生命力を放っている。現在、サブライムは21歳のシンガー、ローム・ラメリズとサブライム・ウィズ・ロームとしてツアー中。ノウェルのレーベルであるスカンク・レコードと高校生の時に契約したスライトリー・スチューピッドは根強い人気をみせており、今夏は北米ツアーを行なう予定だ。

5月 24 2010

和風と洋風、どちらが人気!?

最近メディアでは日本人の若者の洋楽や洋画など海外ものに対する関心が低下してきているのではと論じられている。しかし、人気アーティストの作品はその限りではないようだ。最近新作を発表したばかりのヴィジュアル系バンドのラルク・アン・シエルのテツことテツは英国国旗モチーフのネクタイを、スーパーアイドルの浜崎あゆみは英国国旗がモチーフの帽子をかぶった姿でアルバムジャケットに写っている。両者とも偶然の一致だろうが、両作品とも全編英語歌詞であったり、イギリスについて歌っているといった内容ではない。どうやら、「英国」もしくは「外国」のイメージはまだまだ十分魅力的な要素である様だ。

5月 20 2010

ハワイを愛したIsrael Kamakawiwo’ole 、今日で51歳に

ハワイアンミュージック界の大物“イズ”こと、イズラエル・カマカヴィヴォオレ。もし彼が生きていれば今日で51歳を迎える。
イズのアルバム『フェイシング・フォーワード』は、彼のソフトでソウルフルな歌声と癒されるウクレレのサウンドで人気となり、ハワイアンミュージックとして初めてのプラチナム賞を獲得した。世界的な人気曲となった「サムウェア・オーバー・ザ・レインボー/ワンダフル・ワールド」のメドレーは、映画やTVなどで多く使われている。この曲はiTunesで既に200万回以上のダウンロード販売数を記録、ワールド・ミュージック チャートの3位にランクインしている。
1976年に兄とともにマカタ・サンズ・オブ・ニーハウというバンドで音楽活動を初めたイズ、その兄が心臓発作で亡くなってしまった為、1990年に初のソロ・アルバムをリリース。ハワイ語で歌い、ハワイの米国からの独立を提唱するなどハワイアンとしての誇りを表現し続けていた。ハワイの相撲力士の功績を讃えていたイズは、曙や武蔵丸、小錦を歌い込んだ「横綱」や「天国から雷」といった曲も書いている。体重が350キロを超えていたため、肥満合併症で1997年に38歳の若さで死亡した。彼の葬儀の日にはハワイの旗が舞い、棺はキャピタル・ビルディングに納められた。1万人以上の人々が参列するなど政治家以外で国民的な栄誉を贈られた唯一の人物だった。

Israel Kamakawiwo'ole

5月 17 2010

Angelique Kidjoの「Move On Up」がヒット中!

アフリカのスーパースター、アンジェリーク・キジョーによるカーティス・メイフィールドのヒット曲「ムーヴ・オン・アップ」のカバー・バージョンが反響を呼んでいる。彼女のセレブな友人ボノとジョン・レジェンドが参加しているのにも注目だ。「ムーヴ・オン・アップ」は2008年にもレタスがカバー。ドゥウェレをヴォーカルに迎えたこのバージョンは、彼らの超ファンキーなアルバム『レイジ!』に収録された。また、カニエ・ウエストもヒット曲「タッチ・ザ・スカイ」でサンプリングしている。多作だったメイフィールドは、「キープ・オン・プッシング」、「フレディーズ・デッド」、「ウィーアー・ア・ウィナー」、「ピープル・ゲット・レディ」などの名曲を世に送り出してきた。「ピープル・ゲット・レディ」はこれまでにアレサ・フランクリン、ジェフ・ベックとロッド・スチュワート、U2(1987年のジョシュア・ツリー・ツアーで)など多数のアーティストにカバーされてきている。その中でも最も有名なのは、同曲を「ワン・ラヴ」として書き直したボブ・マーリーのバージョンだろう。

5月 17 2010

Melanie Fiona、Sam Cookeの「Cupid」を歌う

ソウルのアイコンとして知られるR&Bシンガーのメラニー・フィオナも、最近再浮上したアーティストだ。サム・クックの「キューピッド」は、カバーをレコーディングしたばかりのフィオナにとって父親が弾いてくれた思い出のある曲だそうだ。デビュー・アルバム『ザ・ブリッジ』はカナダでゴールド賞を獲得、アメリカとイギリスではチャート入りし、グラミー賞受賞まで果たしたにも関わらず日本ではリリースされていない。フィオナは現在アリシア・キーズとツアー中。「キューピッド」を書いたサム・クックは、1964年に33歳で殺害された。その死を巡っては多くの謎が残るが、「ユー・センド・ミー」、「ア・チェンジ・ゴンナ・カム」、「ワンダフル・ワールド」などのトップ40ヒットを29曲も世に送り出すという偉業を成し遂げた。これらの曲はハーマンズ・ハーミッツ、ルイ・アームストロング、アート・ガーファンクル、ジョニー・ナッシュ、ブライアン・フェリー、ウルフルズ、イズラエル・カマカヴィヴォレ、ジョーイ・ラモーンら幅広いアーティストによってカバーされてきている。

5月 14 2010

恋多き情熱的シンガーNina Simoneの一生が映画に

ニーナ・シモーンの生涯を描いた映画『ニーナ』のニーナ役をメアリー・J・ブライジが演じることが明らかになった。撮影は今秋に開始予定。ピアニスト/シンガーだったシモーン(1923年ー2003年)はジャズ・アーティストとして分類されることが多いが、彼女の曲はブルース、ゴスペル、ミュージカル、ポップ・サウンドの要素も併せ持つ。自身でも曲を書き、パワフルなシンガーとして悦びの頂点へ舞い上がり、哀しみの底へと落ち込んでいく彼女の浮き沈みの激しい感情があまりにも強烈だったため、中には彼女が躁鬱病、もしくはその他の精神病を抱えていたと噂する者もいた。公民権問題にも積極的だったシモーンは、愚かな行為をする相手には容赦しないタイプだった。彼女を巡る逸話の中には、シモーンのお金を横領していた疑いのかかったレコード会社重役を彼女が拳銃で撃った話が有名で、波乱万丈な男性関係でも知られていた。アメリカ生まれだったシモーンズだが、バルバドス島に長年滞在(首相と恋愛関係にあった)、フランス語で歌うことを好んでフランスにも数回に渡って住んでいた。イギリスではロンドンのジャズ・クラブ、ロニー・スコッツへのレギュラー出演をはじめ、1987年にシャネル No. 5のCMに起用された「ヒー・オンリー・ケアーズ・フォー・ミー」が大ヒットするなど最高の成功を楽しむ生活を送っていた。ニーナ・シモーンの曲を聴いたことがない人は、有名な音楽のエキスパート橋本徹による選曲コレクション『フリー・ソウル』から始めるのがおススメだ。

5月 14 2010

ネットで大ブレイク!南アフリカ発Die Antwoord

南アフリカのケープタウン出身の3人組ダイ・アントワードが、“ゼフ”と呼ばれているユニークでフレッシュ、かつ激しくてファンキーで無茶苦茶なサウンドで大反響を呼んでいる。バンドはハードコア・ヒップホップ、日本のアニメ、そして南アフリカの文化的要素というありえない組み合わせの音楽を展開。最近までは知名度が低かったが、「エンター・ザ・ニンジャ」のPVがインターネットで大人気となったのがきっかけで、〈コーチェラ〉への出演も果たしている。メンバーのニンジャ、ヨーランディ、DJハイテックから成るバンドはインタースコープと契約を交わし、今年後半にはCDをリリースする予定だ。

5月 13 2010

David Murray、Black Panthersの映画サントラを担当

ジャズ・サックマンのデヴィッド・マレイが公開予定の映画『トングス・オン・ファイヤー:ア・トリビュート・トゥ・ザ・ブラック・パンサーズ』のサントラを手がけた。同作ではロスト・ポエッツが歌詞に参加した楽曲を、リヴィング・カラーとザ・ルーツが演奏している。映画は、ブラック・パンサーズ党の歴史の記録に貢献した文化相エモリー・ダグラスのグラフィック・アートワークに焦点を当てた内容。ブラックパンサーズ党は1966年から76年にかけてアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織で、デヴィッド・マレイの出身地でもあるカリフォルニア州オークランドに本部を置いていた。社会主義に傾倒した組織で、黒人の完全雇用を求め政治的な抑圧に反発する運動を主導していた。グループは地域社会に様々な奉仕活動を提供したが、貧困層の黒人に暴力をふるう警察官と真っ正面から対決することを主にしていた一部のメンバーらによって内部紛争や警察官との銃撃戦で多数の死者を出した事もあった。
マレイはこの映画用に制作した音楽をザ・ルーツと共に、9月11日にロンドン、12日にパリでライヴ・パフォーマンスする予定だ。

5月 10 2010

アイスランド・ミュージックがいま熱い!

大規模な火山噴火で連日ニュースを騒がせていたアイスランドだが、非常に面白い音楽を作っているアーティストが数多くいる国でもある。無期限活動休止中のシガー・ロスのシンガー/ギタリストのヨンシーは、ソロ・アルバム『ゴー』をリリース。同作品でポジティブな評価を得て、この夏にはサマーソニックでの来日も決定している。もう1人の注目アーティスト、オーラヴァル・アルナルスはネオ・クラシックとポストロック・サウンドを融合させたサウンドを展開。英国営ラジオ局BBC1のジャイルス・ピーターソンによる人気番組でのセッションは、ジャイルスに“2008年最高のパフォーマンス”と絶賛されたほどだ。昨年リリースしたアルバム『ファウンド・ソングス』は素晴らしい完成度で、5月20日リリースの最新作『アンド・ゼイ・エスケープド・ザ・ウェイト・オブ・ダークネス』にも期待が寄せられている。

5月 06 2010

Jeff Beck最新作『Emotion & Commotion』に乾杯!

ジェッフ・ベックの素晴らしい最新作『エモーション&コモーション』には「オーバー・ザ・レインボー」のインストゥルメンタル・バージョンをはじめ、多数の素晴らしい楽曲が収録されている。オーケストラを迎えたこのバージョンは非常に優れた完成度で、何度もレコーディングされてきた定番曲に新たな奥行きを見いだしたベックの力量には脱帽するばかりだ。
「オーバー・ザ・レインボー」は1939年に映画『オズの魔法使い』でジュディ・ガーランドが歌ってヒットした曲。映画が大成功を収めたことで、同曲は歌える女優として名声を得たガーランドの代表曲になった。アメリカ映画協会は同曲を“映画史上最高の曲の使い方”と評している。偉大なジャズ・シンガーのエラ・フィッツジェラルドはアルバム『シングル・ハロルド・アーレン』で同曲をカバー。1997年にウクレレの巨匠イズラエル・カマカヴィヴォオレ(通称“イズ”)が「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」とのメドレーでレコーディングし再び大ヒットした。同曲が収録されたアルバム『フェイシング・フューチャー』はハワイアン・ミュージックとして初めてプラチナ・ディスクを獲得。今日まで数多くのTV番組、映画や広告に起用されてきた。ジョン・ウー監督の映画『フェイス/オフ』(ジョン・トラヴォルタとニコラス・ケイジ主演)では銃撃の混乱の中でヘッドフォンをつけた男の子がオリビア・ニュートン・ジョンによる同曲を聴いている場面が有名だ。2009年に同曲をレコーディングしたジュエルは、他バージョンにはなかった2つ目のヴァースを新たに加えて話題を呼んだ。史上最高のギタリストの1人として、65歳になる今も斬新で革新的な活動を続けているジェフ・ベックに心から敬意を表したい。

4月 26 2010

Rascalsが40年ぶりに再結成パフォーマンス

青い瞳の伝説的ソウル・グループのラスカルズが、癌と闘う子供達を支援するチャリティー・イベント出演のために40年ぶりの再結成を果たした。エディー・ブリガティ、フェリックス・キャバリエ、ジーン・コーニッシュ、ディノ・ダネリの4人は60年代後半に「グルーヴィン」、「グッド・ラヴィン」、「ピープル・ゴット・トゥ・ビー・フリー」、「ハウ・キャン・アイ・ビー・シュア」、「ビューティフル・モーニング」などの名曲を次々とヒットさせた。その後、1970年に初代メンバーは解散、残った者で活動を継続したがチャートに入る様な成功は二度と手に入らなかった。4人のメンバーが揃って演奏したのは1997年にロックの殿堂入りをした時のみだった。当時のプレゼンターはスティーヴ・ヴァン・ザント(別名儀リトル・スティーヴンとしてスプリングスティーンのギタリストやラジオDJとして活動)。スティーヴンは80年代初期に彼のソロ・バンドでディノ・ダネリがしばらく活動していたこともありラスカルズと交流するようになった。
これまで高額のギャラを提示されても再結成パフォーマンスを度々断ってきたラスカルズだが、今回の再結成が実現したのはヴァン・ザンディット本人が直接彼らに依頼したことが大きく影響しているようだ。リアルタイムでラスカルズを聴いたことのない若者には、60年代を代表するバンドである彼らのグルーヴィー・サウンド満載のベスト盤がおすすめだ。
Rascals - Time Peace: The Rascals' Greatest Hits

4月 26 2010

Bruce Kaphanの2ndアルバムが6月リリース

スティール・ペダル・ギターの異色な演奏スタイルで知られるブルース・カファーンが、相変わらずファンから熱烈に支持され続けている。ペダル・スティール・ギターは特にカントリー・ミュージックと関連性のある楽器だが、ブルースはソロ・パフォーマンスの際はブライアン・イーノの『ミュージック・フォー・エアポーツ』の世界に近い幽玄的なサウンドを展開する。自身のレーベル、ウィグリング・エアーからリリースしたファースト・アルバムは口コミとブログの絶賛で人気が広がり、控え目なPRやディストリビューションにも関わらず驚異的な売上げを記録した。デビュー・ソロアルバム『スライダー』はNHKのドキュメンタリー番組「地球に乾杯」の挿入歌に起用されるなど日本でも注目を集めた。元マイケル・ジャクソンのギタリストのジェニファー・バッテンはマッサージを受けている時に流れていた『スライダー』のユニークなサウンドが忘れられず早速アルバムを入手。その後、彼女がジェフ・ベックにアルバムを聴かせ、ジェフは最近ギター・ワールド誌で同作品を大絶賛している。ブルースはカルト的な人気を集めてきたバンド、アメリカン・ミュージック・クラブのメンバーとして長年活動している。その他にもデヴィッド・バーンとのツアーや、クリス・アイザック、ジュエル、REM、レッド・ハウス・ペインターズとのレコーディング経験を持つ。セカンド・ソロアルバム『ハイブリッド』は6月1日発売予定だ。

Bruce Kaphan

4月 22 2010

Paul McCartney、EMIからConcordへ

EMIを離脱したポール・マッカートニーが、ソロとウィングスの楽曲カタログを、このところ更に急成長中のジャズ系の名門レーベル、コンコードに移したことが明らかになった。1972年にジャズ・レーベルとしてカール・ジェファーソンが設立した同レーベルは、ジェファーソンの死後、1998年にTVプロデューサーのノーマン・レアに売却された。彼はファンタジーレーベルととテルアークをも買収し、レイ・チャールズを大ヒットさせ成功を収めたことで知られている。
ローリング・ストーンズやレディオヘッド、グラミー賞受賞の米ロックバンドOK GO、惜しくも解散を発表したイギリスのスーパーグラスらに続き、今回ポール・マッカートニーがEMIを離れるというのは、EMIの業績に打撃を与えるのは間違いない。この“ビッグ・アーティスト離れ”が目立ってきたのは、EMIが投資銀行家のガイ・ハンズの手に渡ってからで、ピンク・フロイドとクイーンもEMI離脱を検討中だという噂もある。通常ではスーパースターを引き止めるのに現金を積み上げての説得交渉が行なわれるところだが、巨額の負債返済に追われる現状のEMIにとってはそれもままならないのだろう。
Paul McCartney

4月 21 2010

Jerry WeintraubがJohn Hammondのストーリーを映画に

ジェリー・ワイントロープが「ザ・プロデューサー:ジョン・ハモンド・アンド・ザ・ソウル・オブ・アメリカンミュージック」の映画化権を取得したことが明らかになった。伝説のプロデューサーだったハモンドは、ビリー・ホリデイ、カウント・ベイジー、ピート・シーガー、アレサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ジョージ・ベンソン、ブルース・スプリングスティーン、スティーヴ・レイ・ヴォーンらを優れた才能を持つ発掘し育成したことで知られる。
監督業を始める前のワイントロープは、フォー・シーズンズ、ジョン・デンヴァー、カーペンターズ、フランク・シナトラら大スターのマネージャーとして活躍していた。プロデュースした作品の中でも特に『オーシャンズ11(12&13)』が有名だが、キャリア初期には奇妙で大半が即興的なカントリー・ミュージックをテーマにした映画『ナッシュヴィル』や、ジョージ・バーンズとジョン・デンヴァー主演の『オー・ゴッド』を手がけている。