Category: News All

Dec 13 2017

MonoのドラマーYasunori Takadaが脱退を表明

国際的に人気のあるインディーズバンド、Monoから、ドラマーのYasunori Takadaが個人的な理由から脱退することが発表され、12月22日にクラブエイジアで予定されていたライブがキャンセルされた。Monoのアルバムは、最初の2枚がジョン・ゾーンのザディック・レコードから発売され、その後の7枚はブルックリンのインディ・レコード会社テンポラリー・レジデンスから発売されている。このバンドはよくツアーに出ていて、様々な国で300回以上のライブを行っていて、先月もオーストラリアで5回のライブを終えたばかりだった。メンバーの変更は、1999年のバンド結成以来初めての事となる。

Dec 13 2017

AppleがShazamを買収か

音楽認識システムのシャザムを、アップルが買収するという噂がある。シャザム社の作っているアプリは、音をサンプリングすると音楽、テレビ番組、映画や広告を特定することができる。買収金額については4億ドルから10億ドル以上と言われている。アップルの競売相手はサウンドハウンドで、今年7500万ドルを投資から調達している。

Dec 09 2017

Jimi Hendrixの新譜が発売に

ジミ・ヘンドリックスの新譜が『Both Sides of the Sky』というアルバムにまとめられて3月9日に発売されることになった。全10曲が全て未発表作品だという。ジョニ・ミッチェルの『Woodstock』、ギター・スリムの『Things I Used to Do』、マディ・ウォーターズの『Mannish Boy』のカバーに加え、オリジナル曲もあるという。これらのトラックは、彼の様々な時代からのミックスらしく、ジョニー・ウィンター、スティーヴン・スティルスとのコラボレーションや、バディー・マイルズとビリー・コックスと組んでいたトリオ、バンド・オブ・ジプシーズ時代のものを含む。

Dec 09 2017

Henry Kaponoが新たなツアー活動に

ヘンリー・カポノが、ブルーノート・ハワイから、1970年代彼をスターダムにのし上げた、ゆったりとしたハワイアン・サウンドの『Back in the Day – The Songs of C&K』というツアーを開始した。
カポノは、ヴェトナムとタイで2年間アメリカ軍のためのロックバンドで演奏したのち、1973年にセシリオ・ロドリゲスとデュオを結成、すぐにコロムビア・レコード(後にソニー)と契約して1974年に『セシリオ&カポノ』1975年に『Eula』、1977年に『Night Music』と、3枚のヒットアルバムをリリース。1981年からはソロとしてキャリアを積むが、観客からはこの初期の曲をよくリクエストされている。C&Kライブの他にも、彼は多くのチャリティ・イベントで演奏していて、この年末にもチャリティ参加が予定されている。また、2018年の初頭からケオラ・ビーマーと周るアメリカ・ツアーの準備を進めているという。
Dec 09 2017

Schuyler Fiskがホラー映画に挑戦

歌手で女優のシュイラー・フィスクがホラー映画『The Nanny』で重要な役に抜擢された。2009年に日本でもリリースされた素晴らしいデビューアルバム『The Good Stuff』以来、シュイラーは歌手としてのレコーディングやツアー活動、女優としてテレビ番組や映画で活躍してきた。彼女の楽曲は何曲も映画などで使われている。最新作となる『The Nanny』で、彼女は初めてホラーという新ジャンルに挑むことになるが、彼女の母であるシシー・スペイセクが映画スターとして成功するきっかけになったのも1976年制作のホラー映画『キャリー』だった。シシー・スペイセクはその後1980年に大ヒットとなったカントリー歌手のロレッタ・リンの伝記映画『The Coal Miner’s Daughter』で主役を演じ、歌も歌っている。シュイラーのウェブサイトには、この新映画で彼女の新曲も披露されると発表されている。

Nov 30 2017

OK Goの新作MVがすごい

オーケー・ゴーの新作『Hungry Ghosts』から出た「Obsession」のMVがすごい。このビデオは日本で真鍋大度、田中祐介とダブルAペーパー、そして567台のプリンターの協力により完成した。ここで使われた膨大な量の紙は、すべてリサイクルされ、収益金はグリーンピースに寄付されている。このMVはすでにYou Tubeで800万回も視聴された。彼らのMVは多くが1000万回以上視聴されていて、グラミー賞を受賞したランニング・マシーンを使った「Here It Goes Again」は1億回以上見られている。

Nov 30 2017

Neon Bunny が国際的に注目を集める

韓国の女性エレクトロニック・ポップ・アーティストのネオン・バニーが国際的に注目を集めている。彼女の新曲、宇宙的エレクトロニック・トラック「Now」は韓国語/英語と日本語のミックスで歌われ、アメリカで影響力の高い「Pitchfork」ウェブサイトで高い評価を得た。これ以前の曲もFader、ノイジーやガーディアンなどで評価されている。彼女はまた、ソウル市のライブ・ジャズクラブで公演予定。

Nov 30 2017

ソウル・シンガーの Wayne Cochran他界

ダイナミックなソウル・シンガー、ウェイン・コックランが78歳で他界した。巨大な白い頭がトレードマークの白人男性で、ジェームス・ブラウンと並び称されるエネルギーの塊(キング・レコードではレーベルメイトで友人でもあった)、別名「ソウルの白い騎士」。70年代の後半に、マイアミで牧師になる。

彼の歌はその後も人気を博し続け、特に「Going’ Back to Miami(彼を象徴する曲になった)」はブルース・ブラザーズによってレコーディングされ、他にも1961年発表の「Last Kiss」は多くのシンガーによりカバーされ、パール・ジャムのバージョンは全米2位を獲得している。冥福を祈る。

Nov 30 2017

ジャズシンガーJon Hendricks死去

ジャズシンガーのジョン・ヘンドリックスが80歳にしてこの世を去った。ヘンドリックスはヴォーカリーズというスタイルを有名にし、ジャズのスタンダード・インストゥルメンタル曲にオリジナルの歌を多くつけたことで知られている。

彼はランバート・ヘンドリックス&ロスというジャズ・ヴォーカルグループで商業的に大成功した。ヘンドリックスはオハイオ州に、牧師の15人の子供の1人として生まれ、教会で聖歌を歌って育った。若かりしアート・テイタムとはオハイオで出会い、2人は技術を向上するためよく一緒に練習したという。その後、デイヴ・ランバートに会い、彼らはカウント・ベイシーの曲に共同で歌詞をつけていった。アニー・ロスともタッグを組み、3人でワーデル・グレイのサックス・ソロを元に「Twisted」という曲(後にジョニ・ミッチェルがカバーする)を作成。これが大人気となる。

この後、彼は5年間ロンドンに拠点を移動し、そこからカリフォルニア州の大学でジャズを教えるかたわら、ステージ・ショウとなる「Evolution of the Blues(進化するブルース)」を手がけるが、両方ともが音楽の歴史に深く関わる活動だった。1986年、彼はマンハッタン・トランスファーのアルバム『Vocalise』への貢献により、グラミー賞を受賞。1988年にはカーメン・マクレエのためにセロニアス・モンクの曲へ歌詞をつけたアルバム『Carmen Sings Monk』の歌詞を提供。1997年にはウィントン・マルサリスとコラボレーションを行い、2015年にはマイルス・デイヴィスのアルバム『Miles Ahead』に歌詞をつけた。安らかに。

Nov 23 2017

David Cassidy、他界

元ティーン・アイドルのデヴィッド・キャシディが67歳で、多臓器不全のため他界した。キャシディは70年代に驚異的な人気を誇り、テレビドラマ「パートリッジ・ファミリー」でバンドのリードボーカル、キース・パートリッジ役が特に人気だった。このテレビから派生したスマッシュヒット「I Think I Love You」は1970年にチャートでナンバーワンになり、500万枚以上を売り上げた。

彼の両親は2人とも俳優で、キャシディは若くしてブロードウェイで活躍し、その後活動場所をTVへ移行した。70年代後半、彼の音楽キャリアは大きく後退したが、俳優としては非常に人気が高く、ライブでも観客を集めることができていたという。人生の後半、彼は大酒飲みになり、2度も飲酒運転で注意を受けている。

2011年、キャシディは母が罹患したアルツハイマーと戦うための公共広告を始めた。今年初め、本人も認知症の診断を受けている。

Nov 23 2017

The Eaglesが2018年北米ツアーを開催

結成メンバーのグレン・フライが亡くなったイーグルスだが、2018年に北米ツアーを行う予定を公表した。結成メンバーでドラマーのドン・ヘンリー、ギタリストのジョー・ウォルシュ、ベーシストのティモシー・B・シュミットの他、カントリーのスター、ヴィンス・ギル、グレン・フライの息子のディーコンも参加する。

ツアーは3月14日、シカゴで始まる。いくつかの会場では、前座としてジミー・バフェットが参加の予定。

Nov 23 2017

Jimmy Buffetが新たなビジネスを立ち上げに

ベテランのシンガーで、実業家でもあるジミー・バフェットがすでに大きい彼の事業帝国をさらに広げようとしている。

日本では、あまり来日しないこともあり、それほど知られていないバフェットだが、北米では彼はスーパースターの1人だ。彼のヒット曲である「Margaritaville」や「Cheeseburger in Paradise」「Come Monday」などはラジオ局では鉄板で、彼のライブには大勢のファンが詰めかける。バフェットのイメージはビーチが好きなボート乗り、パーティ好きの、楽しいことが大好きな男で、いつもアロハシャツを着ているというもの。また、彼は作家としても成功していて(デビュー作の「A Pirate Looks At Fifty」はナンバー1ベストセラーになった)、自分のレコードレーベルを持ち、彼の曲は多くの映画にフィーチャリングされ、映画にも自分役でカメオ出演したりもしている。また、彼はレストラン・チェーンのオーナーでもあり、テキーラやビール(Land Shark Lagar)のブランドを所有、食品ブランドであるマルガリータヴィル・フーズ(チップス、サルサ、ワカモレなどを提供)、カジノも1軒所有している。

雑誌のフォーブスの計算によると、彼の年収は5千万ドル(約55億6千万円)を超えるとされている。よく噂にはなるが、投資家のウォーレン・バフェットは友人ではあるが親戚ではない。

現在、彼はフロリダ州のデイトナ・ビーチに10億ドルかけて引退した人々のためのコミュニティを作ろうとしている。バフェット本人は現在70歳だが、彼に引退の兆しは全くない。

Nov 22 2017

カルト・リーダーCharles Mansonが83歳で他界

カルト指導者だったチャールズ・マンソンが、83歳で獄死した。マンソンは父を知らず、母は軽犯罪の常習犯。結果、彼は里親制度と少年院の間で育った。1967年にカリフォルニアの刑務所を出所すると、家出少女たちにドラッグや洗脳を使ってカルトの信者を増やした。彼らは多くの犯罪に手を染めており、特に有名なのは1969年の、後にテート・ラビアンカ殺人事件として知られるようになった殺人事件だ。8人が死亡したこの事件では、妊娠8ヶ月だった女優のシャロン・テートがナイフで殺されている。マンソンはビートルズの狂信者で、ビートルズの、通称ザ・ホワイト・アルバムが彼に暗号を送っていると信じていた。ミュージシャンを自称していたマンソンは失望し、信者にテート邸を襲わせたのではないかという説がある。というのも、テート邸には以前プロデューサーのテリー・メルチャー(バーズ、ビーチボーイズ、ポール・リヴィアやライダーズを手がけた)が住んでいて、彼がマンソンのプロデュースを拒んでいたのだ。犯人は壁に血でビートルズにちなんだメッセージを残している。

マンソンと信者たちは、マンソンの曲を歌詞を変更してレコーディングしたビーチボーイズと親交があった。その身の毛もよだつような殺人事件はヒッピー文化の終わりを象徴するとして多くの歴史学者に引証されている。後に、ショック・ロッカーとして知られるマリリン・マンソンは、彼の芸名はチャールズ・マンソンとマリリン・モンローからとったとしている。ガンズ・アンド・ローゼスはチャールズ・マンソンの曲をレコーディング、アクセルはしばらくの間マンソンの似顔絵Tシャツを着ていたこともある。

彼の信者の多くは未だ収監されている。テート・ラビアンカ殺人事件には直接関与しなかったリネット・”スクイーキー”・フロムは、しばらくジミー・ペイジのストーカーをした後、フォード大統領を1975年に暗殺しようとした。彼女は2009年に仮釈放されている。

Nov 17 2017

TWINKIDSの快進撃

ロサンゼルスのエレクトリック・デュオ、ツインキッズは東京で生まれ育ったシンガー、ジーン・フクイとキーボーディストのマット・ヤングで構成、現在成功への道を駆け上がっている。サンフランシスコのレーベルOmレコード(カスケード、アンダーワールド、ピープル・ビニース・ザ・ステアーズが所属)と契約し、ソフィ・ロウやクレイグ・ウィリアムズとコラボレーション・シングルをリリース。また、彼らのEP『Boys Love』のトラック「Overdressed」が特に人気だ。ビルボード、ローリングストーン、フェーダーなどのメディア掲載で注目され、スポティファイでは100万回以上聴かれている。

Nov 17 2017

Moliceが日本へ

アメリカ東海岸でのギグを終えたMoliceが新EP『Signs』と共に日本に帰ってくる。リリースイベントは12月1日、渋谷のスターラウンジにて。

Nov 17 2017

Adam Deith Band、結成

ジャズ・ファンク・バンドのレタスや、ジャズギタリストのジョン・スコフィールドとよく演奏していて評価の非常に高いドラマー、アダム・デイッチが、自分のバンド、アダム・デイッチ・バンドを結成した。このバンドにはキーボーディストのウィル・ブレーズ、レタスのサックス奏者ライアン・ゾイディス、そしてニューオリンズで活動するトランペット奏者のエリック・ベニー・ブルームが参加している。彼らはニューヨークのブルーノートで最近演奏し、アルバムもレコーディング中だという。このアルバムにはスコフィールドがゲスト参加する予定。

Nov 17 2017

Kikagaku Moyo (幾何学模様)が海外でファンを獲得

日本発のサイケデリック・バンド、幾何学模様がツアーを重ねることにより、多くのファンを獲得している。すぐにオーストラリアでの10日間に及ぶツアーも始まるのだが、いくつかのライブはすでにソールドアウトとのこと。まだ彼らを聞いたことが無いようであれば、ぜひライブを見に行ってはどうだろうか。

Nov 16 2017

Corneliusが2018年アメリカツアーに

コーネリアスは、2018年3月から『Mellow Waves』のアメリカツアーを行うことを発表した。メキシコシティ、ニューヨークのアーヴィング・プラザ、ロサンゼルスのフォンダ・シアターなどに行く予定。

Nov 08 2017

Israel Kamakawiwo’oleがベスト盤をリリース

 

『Somewhere Over the Rainbow:イズラエル・カマカヴィヴォオレのベスト』が発売になった。「What a Wonderful World」「White Sandy Beach of Hawai’i」「Opoe E」など多くの人気曲や、タイトル曲を含む。「Bruddah Iz」という愛称で知られている彼は音楽一家の出身で、初期には兄のスキッピーと共に「マカハ・サンズ・オブ・ニイハウ」というバンドでそれなりに成功している。彼の最初のソロアルバムは1990年代に発表された『Ka’Ano’i』で、「Over the Rainbow/What A Wonderful World」という彼をスーパースターに押し上げたメドレーが収録されている。また、アルバム『Facing Future』は未だにハワイアン音楽で一番売れたアルバムだ。

一族の皆のように過度の肥満だったイズは、一時340kgを超えたこともあり、健康に問題を抱えて38歳の若さで亡くなっている。1997年の死亡時には、彼を悼んでハワイの州旗が半旗掲揚となった。彼の音楽は時代を飛び越え、未だに世界中で人気を博している。

Nov 08 2017

Juan AldereteがMarilyn Mansonへ

ベテランのベーシスト、ホアン・アルデレッテが、長年ベーシストを勤めたジョージア・ホワイト(芸名トゥイッギー・ラミレス)がバンドを去ったマリリン・マンソンに参加した。ホアンは10代の頃スピード・メタルバンドのレーサーXでギタリストのポール・ギルバートとキャリアを開始。その後、スクリームでメジャーデビューを果たす。Deltron2020やキッド・コアラ、ディストーション・フェリックス、ジュリエット・ルイスなど多くのアーティストとコラボレーションし、日本ではB’zにゲストとして参加したり、自分のバンドVato Negroを立ち上げたり、最近はスーパーグループと言われるヘイロー・オービット(バッファロー・ドーターのシュガー吉永、ジャズ/ボウイのドラマーだったマーク・ジュリアナとのグループ)にも所属したが、最も有名なのはマーズ・ヴォルタに2003年から2012年の間所属していたことだろう。マーズ・ヴォルタのアルバム『The Bedlam in Goliath』はビルボードの3位につけ、その中の「Wax Simulacra」はグラミー賞を勝ち取った。アルデレッテは、他にも「ストンプ・ボックス」について立ち上げたウェブサイト<www.pedalsand effects.com>がよく知られている。

Nov 08 2017

Jack Johnsonが映画に触発された新譜を発表

ジャック・ジョンソンは北大西洋で航海中に、プラスチックの海洋汚染についてのドキュメンタリー『海のスモッグ(The Smog of The Sea)』の制作に関わった。この経験が、2013年以来の最新アルバム『All The Light Above It Too』のインスピレーションになったという。このアルバムのメイン曲「My Mind Is For Sale」はトランプ政権に対する反応をまとめたもの。他にも「Big Sur」というカリフォルニア州でも美しいことで有名だがまだ開発の進んでいないモンタレー・カウンティでのキャンプについての曲も収録されている。また、彼の多くのアルバムと同じく、ALOのキーボード奏者で、長年の友人であるザック・ギルがこのアルバムにも参加している。

Nov 07 2017

Keith Wilder が他界

70年代のR&Bヒートウェーヴの歌手、キース・ワイルダーが他界した。ヒートウェーヴは「Boogie Nights」「The Groove Line」や1977年のスマッシュヒット・バラードで、結婚式でよく使われている「Always and Forever」など数々のヒットを飛ばした。

Nov 07 2017

Donald Trumpの不名誉な事実が明らかに

アメリカ大統領ドナルド・トランプは、長い詐欺や不正なビジネス手法の歴史で知られているが、最近具体的な事例が明らかにされてきた。リーダーのコリン・キャパニックと他の選手らが片膝をついたのは警察の黒人に対する差別、彼らの黒人への暴力や銃撃への抗議だと説明したにも関わらず、このところ、彼はナショナル・フットボール・リーグ(NFL)を攻撃、その理由を彼らがアメリカの国旗と国歌に無礼を働いていたからだとしていた。しかし以前大統領はNFLに対抗するフットボール・リーグを始めようと準備を進め、ニュージャージー・ジェレラルズというチームも所有していたが、リーグは始まる前に失敗。また、トランプがNFLに対して行った訴訟も失敗に終わった。

その後、大統領はNFLの成功していたチーム、バッファロー・ビルズを購入しようとした。ビルズには他にもしっかりした組織を持ち、財政的にも安定したグループが興味を示していたため、トランプは競争相手に対してネガティブな噂を流し対抗。この競争相手にはカナダのスポーツ・ビジネスのプロフェッショナルや、他にもプロスポーツの成功しているチームとの経験があるジョン・ボン・ジョヴィが関わっていた。トランプと彼に雇われたゴロツキは、競争相手はチームをカナダに移動させようとしていると噂を流したり、ボン・ジョヴィのバッファローでのコンサートをボイコットしようとして活動。しかし、最後にはボン・ジョヴィとカナダのプロチームがビルズの買収に成功し、トランプは怒ってバッファローを出て行ったという。

Oct 29 2017

ロックのパイオニア、Fats Domino他界

ロックのパイオニア、ファッツ・ドミノが89歳で他界した。彼はニューオリンズをベースに活躍したシンガー兼ピアニストで、本名はアントワンだが、彼の丸い体型からついたあだ名「ファッツ(太っちょ)」としてよく知られている。愛嬌がにじみ出る人柄で、派手なアクセサリーを好み、こちらまで嬉しくなるような微笑みを絶やさなかった彼は、23枚のゴールドレコードを録音し、未だ黒人差別の強かった時代、白人の観衆に6億5千万枚のアルバムを売り上げた。

ブギウギ・スタイルを好み、3連音符を多用することでミディアム・テンポの曲に力強さを加える演奏の仕方やメロウな歌声で知られている。彼は10歳でピアノを始め、同じ頃学校からも中退した。1949年に発表した初シングル「The Fat Man」は100万枚を売り上げた(リトル・リチャードやエルヴィス・プレスリーでさえヒットは1955年以降)。自分の曲以外でも、多くのニューオリンズでのヒットレコードの録音に参加していた。

彼の曲は何度か白人のシンガーにハイジャックされている。例えば、パット・ブーンは1955年にファッツの曲だった「Ain’t That a Shame」(その後チープ・トリックがリバイバルする)で大きなヒットを飛ばしている。1956年にファッツは生涯で一番の大ヒットとなる「ブルーベリー・ヒル」を発表。この曲は彼が書いたものではなく、彼以前にも多くのメジャー歌手が歌っていたが、この大ヒットにより自分のものとした。1962年にはヨーロッパをツアーで回り、リヴァプールでは有名になる前のビートルズにも会っている。彼が最後にトップ100に名前を乗せた曲はビートルズの「Lady Madonna」のコピーだった(レノンとマッカートニーは二人ともファッツ・ドミノのファンで彼の曲のコピーもしている)。また、最近、セックス・ピストルズのグレン・マトロックは、彼らのヒット曲「God Save The Queen」は「Blueberry Hill」をピアノでいじっていた時に思いついたと明かした。

ファッツ・ドミノのパロディで有名になったのはアーネスト・エヴァンズで、チャビー・チェッカー(チャビーはファッツと同じく太っちょという意味で、さらにチェッカーはドミノのようなボードゲーム)という芸名で非常に成功した。

後年、ファッツは健康に問題を抱え、定収入もあったためあまりツアーには出ることがなかったが、彼のピンクのキャデラックでニューオリンズによく出没し、友人たちと楽しそうに食事をしたり、飲みに行っている。

偉大な音楽家の1人であるファッツ・ドミノよ、安らかに。

Oct 29 2017

北カリフォルニア山火事のチャリティコンサートにMetallica、G-Eazy、Dave Matthewsが参加

メタルの象徴的バンド、メタリカやラップのスーパースター、G-Eazy、ジャムバンドの大御所デイヴ・マシューズなどのサンフランシスコ、ベイエリアのミュージシャン達が11月9日にAT&T公演で開催される北カリフォルニア山火事へのチャリティコンサートに参加する。この山火事は現地では「ワインカウンティの山火事」と呼ばれ、サンフランシスコの北部で多くの人々に被害をもたらした。カリフォルニア州消防局によると、42名が死亡、8400棟の建物が全焼、24万5千エーカーの土地が被害に合い、10万人が避難しなければならなかった。ソノマのミッション・ハイランズ在住のメタリカのギタリスト、カーク・ハメットは、門前ギリギリまで火事が迫り、もう少しで家が焼けるところだったという。有名なワイナリーのシャトー・セント・ジーン、シノレロ、スタッグス・リープ、ホワイトロック・ヴァインヤードやストーリーブック・マウンテンなどを含む27軒のワイナリーが全焼ならずとも被害に合っている。

Oct 25 2017

The Rubinoosが11月に日本で公演

ザ・ルビナーズが11月日本に帰ってくる。

バークレーを根拠地として活動するパワー・ポップの伝説のバンド、ルビナーズは、最初に地元のビザークレー・レコードで録音したことで売れるようになった。このレーベルにはグレッグ・キン、ジョナサン・リッチマン、アースクエークなども所属していて、お互いに関わりあっている。ルビナーズは1977年に最初のヒット「I Think We’re Alone Now」(トミー・ジェイムス&ザ・ションデルズのカバー)をリリース。次のヒットはオリジナルの「I Wanna Be Your Boyfriend」で、2007年にアヴリル・ラヴィーンが「Girlfriend」をリリースした際、あまりに似通っていたため注目され、人気が再燃した。ちなみにアヴリルはその後、彼らにコピー料を支払っている。彼らはアメリカ国内で精力的にツアーを行っていて、1979年にはエルヴィス・コステロの前座で56回のショーをこなし、ヨーロッパでもBBCのトップ・オブ・ザ・ポップスやザ・オールド・グレイ・ホイッスル・テストへの出演などを含む活動を行なっている。彼らの曲は『Revenge of the Nerds(ナーズの復讐)』や、トム・ハンクスの『Bachelor Party(独身SaYoNaRa! バチェラー・パーティ)』などの映画にも使われている。

11月2日の新宿レッドクロス、4日の京都拾得、5日の福岡キースフラック、そして8日の東京フィーバーで彼らに会えるだろう。

Oct 25 2017

Shelby Lynneと妹のAllison Moorerがアルバムを発表

シェルビー・リンと妹のアリソン・ムーアが共同で素晴らしいアルバム「Not Dark Yet」を発表した。ボブ・ディランの書いたタイトル曲に加え、マール・ハワードの「Silver Wings」、ニルヴァーナの「Lithium」、ザ・キラーズの「My List」などのカバーや、オリジナル曲も収録されている。シェルビーは彼女の成功を決めた1999年のアルバム『I Am Shelby Lynne』から着々とポップ、カントリーとソウルの間に立ち位置を確立し、現在は「アメリカーナ」と分類されるようになった。一方でアリソンはカントリー音楽でキャリアを積み、一時はカントリーのスター、スティーヴ・アールと結婚もしていた。また、女優としても活動し、映画『The Horse Whisperer(モンタナの風に吹かれて)」での演技は秀逸。

姉妹は酒飲みで母親に暴力を振るう父親を見て育っている。10代で母と共に父の元を逃げ出したが、父に発見され、母は殺され、父もその場で自殺した。

『Not Dark Yet』は2人にとって初めての共同アルバムとなる。

Oct 25 2017

Smashing PumpkinsのBilly Corganがソロの新譜を発表

現在ウィリアム・パトリック・コーガン名義で活動しているスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンがリック・ルービンのプロデュースで新譜『Ogilala』を発売した。プロモーションのために数々のメディアに出演したコーガンだが、そのうちの1つで爬虫類の「シェイプシフター(変化するもの)」に出会ったという奇妙な体験について詳しく話した。この爬虫類の生き物は古くから地に住み、聖書ではアダムとイブの話に出てくる蛇と同じもの、悪魔の手先とされている。

また、彼は今月プロレスの会社、ナショナル・レスリング・アライアンスを購入した。これで彼の関わるプロレス会社は3社目となる。

Oct 18 2017

CuusheがDigital 21+Stefan Olsdalとアルバム『Inside』で共演

クーシュが、プロジェクト・グループのデジタル21+スティーファン・オルスダルと二曲のレコーディングを行った。デジタル21(本名ミグエル・ロペス・モラ)はスペイン、マドリード発のエレクトロニック音楽では人気のグループで、イギリスのバンド、プラセボのベーシスト兼ギタリスト、ステファン・オルスダルとフェスで出会って意気投合した。2人は共同で楽曲を制作、録音し、アイスランド発のバンドVokのマルグレット・ラン、中国のグループ、ノヴァ・ハートのヘレン・フェン、フランス/ドイツのユニット、サチエンヌのJulienne Dessagne、日本のクーシュなど、世界中のヴォーカリストとコラボレートしている。これらを集めたアルバム『Inside』はコバルト・ミュージック・レーベルからリリースされた。彼らは弦楽四重奏団と共に、プラセボの前座としてスペイン、ポルトガルからツアーを開始する予定だ。

Oct 18 2017

Papa Grows Funkがドキュメンタリーに

ニューオリンズのファンクバンド、パパ・グロウズ・ファンクが新たな音楽ドキュメンタリー『Do U Want It?』の題材として取り上げられた。制作者のジョシュ・フレーンドとサム・ラダツキーは2012年にニューオリンズに移住、当時かのメイプル・リーフ・バーで月曜日の演奏を担当していたバンドに惚れ込んだのだという。バンドが近い将来解散すると聞いて愕然とした2人は、パパ・グロウズ・ファンクの歴史を記録するということを決意。このバンドはジョージ・ポーター・ジュニアのバンドでベテランだったオルガン奏者のジョン・「パパ」・グロウが自分のための多彩なファンクバンドを結成したいと2000年に作ったもの。彼は日本人ギタリストのジューン・山岸、ベーシストのマーク・ペロ、サキソフォン奏者のジェイソン・ミングルドーフやドラマーのラッセル・バティスト・ジュニア(後に脱退、ジェフェリー・「ジェリービーン」・アレクサンダーが参加)を起用した。グロウのゴールは、ベター・ザン・エズラやギャラクティック、リヴァイヴァリスツのような全国的なバンドにパパ・グロウズ・ファンクを育てることだった。
ニューオリンズ・ジャズ・アンド・ヘリテージ・フェスティバルのプロデューサー、クイント・デイヴィスは「パパ・グロウズ・ファンクはどんなフェスティバルで、世界中のどんなバンドと共演させたって目立つことができる」と絶賛する。しかし、時とともに、家族や住宅ローン、昼間の仕事など様々なプレッシャーによりバンドはうまくいかなくなっていく。アラン・トゥーサンとベター・ザン・エズラのトム・ドラモンドにプロデュースされた非常に素晴らしいアルバム『Needle In the Groove』も出版された。