Harvey Fuqua 死去
ロックの殿堂入りも果たしている、R&B界の大御所、ハーベイ・フクアが7月6日、デトロイトの病院で心臓発作の為亡くなった。享年80歳。
ハーベイは1950年年代「シンシアリー」などのヒットを放って人気となったドゥーワップ・グループ、ムーングロウズのリーダーとして有名になり、やがてソロとなりシカゴの名門レーベル、チェス・レコードと契約、そこでレーベル・メイトの新進気鋭の女性シンガー、エタ・ジェームズと多くのデュエット・ソングを生み出した。その後裏方に回り、自分のレーベルやモータウンなどレコード会社各社の役職を務めたハーベイは、当時19歳だったマービン・ゲイと出会う。ハーベイが手がけたタミー・テレルとマービンのデュエットシリーズは大成功を収め、ハーベイはマーヴィン・ゲイの育ての親と言われており、マービン自身もハーベイの事を父親のようだと語っていた。その関係はマーヴィンが1984年、実の父親に射殺されるまで続いたのだった。
ハーベイは他にも多くのアーティストを世に送り出し、作曲やプロデュースでヒット曲を次々と生み出した。ディスコ全盛時代にもシルヴェスターやTwo Tons O’ Funなどをプロデュース、最近ではスモーキー・ロビンソンのロード・マネージャーを務めていた。合掌。

