日本人ミュージシャンのザ・フューチャー・イヴが、英国人ミュージシャンのロバート・ワイアットとのコラボアルバム『Brian the Fox』(フラウ)をリリースした。豊かでミニマルな録音は、ワイアットが1998年に日本の友人に送ったものから始まったという。ザ・フューチャー・イヴは以前トモ・アキカワバヤまたはThとして活動歴のある謎めいたミュージシャンだ。対してワイアットは音楽キャリアをドラマーとして開始、ソフト・マシーンやマッチング・モールなどのバンドに参加したが、1973年に酔っ払って4階の窓から転落、下半身付随となる。その後彼は作曲家、シンガー、キーボード奏者として活動。ワイアットは若い頃は酒を飲まなかったが、ソフト・マシーン時代、ジミ・ヘンドリックスの前座として回ったアメリカツアーで大酒を飲むようになった。ワイアットは、ソロ・アーティストとしてブライアン・イーノ、ピンク・フロイドのメンバー、フレッド・フリス、カーラ・ブレイ、ジャック・ディジョネット、スクリッティ・ポリッティや坂本龍一などとコラボレーションしている。2014年にワイアットが音楽業界から引退していたことから、このリリースは驚きを持って迎えられた。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が中国で上映開始となったが、ドラッグやゲイ・セックスに関わる部分が編集削除されているという。対して、アメリカではモトリー・クルーの自伝を元に制作された新しいドキュメンタリー『The Dirt』がケーブルテレビで放映開始となった。多くの事実が省略され、メンバーの猥褻で下品で、粗雑なシーンが多い(多くのセックスやドラッグに関するシーンなど)ため、批評家には嫌われているが、世間の評価は高いようだ。

本名ロジャー・チャーリー、ザ・ビートのランキング・ロジャーが、癌で56歳で他界した。アメリカでは法的な問題からイングリッシュ・ビートとして知られているこのバンドは「Mirror In the Bathroom」「Too Nice To Talk To」など多くのヒットを飛ばし、スモーキー・ロビンソンのカバー「Tears of a Clown」でも知られている。ザ・ビートは若かりしR.E.M.を前座としてアメリカツアーも行なっている。ビートが解散したのち、ロジャーは彼の子供の頃のバンド友達、デイヴ・ウェイクリングとジェネラル・パブリックを結成。また、彼はスティングともコラボレーションをしていた。

ヒュー・ジャックマンが2020年10月22日に開演するミュージカル『ミュージック・マン』に出演する。このミュージカルは1957年にロバート・プレストンが主役のハロルド・ヒルを演じて大ヒットとなったもので、以来何度もリバイバルとなっている。1962年には映画化されて人気となったサウンドトラックから、1963年にビートルズが「Till There Was You」をカバー、ヒットさせている。

インストゥルメンタル・エレクトロニック・ポップのアーティスト、アイアム・ロボット・アンド・プラウドが5月に来日、6回はバンドと、7回はソロで計13回のライブを行う予定だ。彼の最近のアルバム『Lucky Static』のライブになる。5月16日に予定されている彼のバンドライブはすでに完売している。

ファンク・オン・ダ・テーブルがデビューアルバム『Live At Tipitina’s』を4月16日、コーストライン・レコードから発売する。バンドメンバーはジョン・グロー、ジュン・ヤマギシ(2人ともが伝説的なニューオリンズのユニット、パパ・グローズ・ファンクに所属)、ニッキー・グラスピー(ビヨンセ、ダムスタファンクと活動)とKenkenこと金子賢輔(ドラゴンアッシュ、ライズ)。Kenkenの両親は歌手の金子マリとドラマーのジョニー吉長で、ヤマギシとは70年代、彼がウエスト・ロード・ブルース・バンドにいた頃からの友人だという。

キース・リチャーズの評価の高いソロアルバム『Talk Is Cheap』が3月26日に再販、6曲のボーナストラックと非常に詳しいライナーノーツが追加されている。ザ・エクスペンシヴ・ワイノーズと名付けられたバンドには、スティーヴ・ジョーダンがドラム、ワディ・ワッチェルがギター、チャーリー・ドライトンがベース、イヴァン・ネヴィルがキーボードで参加していた。

ジョニー・サンダースのドキュメンタリー『Looking For Johnny』で知られるスペインの映画監督、ダニー・ガルシアが、デッド・ボーイズと ローズ・オブ・ザ・ニュー・チャーチの歌い手、スティーヴ・ベイターズのドキュメンタリー「STIV」を制作中だ。デッド・ボーイズはクリーヴランドで結成され、元はフランケンシュタインというバンド名で活動していた。ジョーイ・ラモーンに勧められてニューヨーク市に移住した彼らは、CBGBのパンク黎明期に活動、CBGBのオーナーだったヒリー・クリタルがマネージメントをしていた時期もある。サイアー・レコードからジェニア・ラヴァンのプロデュースでアルバムも一枚出している。彼らの「Sonic Reducer」は、ガンズ・アンド・ローゼスを含む多くのバンドがカバーしている。スティーヴ・ベイターズはコミカルかつ無謀なステージでのスタイルや、車の屋根をサーフィンする事でも知られている。

デヴォン・オールマン、デュアン・ベッツ、ベリー・オークリー・Jr.ら二世ミュージシャンが結成したオールマン・ベッツ・バンドが、ニューヨーク市のブルックリン・ボウルから、アメリカを横断し、7月にヨーロッパへ飛んで11月まで続くワールドツアーをキックオフする。彼らのデビューアルバム『Down to the River』はマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオで録音され、今夏発売となる予定。

伝説的なサーフ・ギタリストのディック・デイル、本名リチャード・モンスールが3月16日、81歳で、長い癌との戦いの末他界した。ディック・デイルは、中東的な音階、ハードで確実なスタッカートのピッキング・スタイルや、革新的なリヴァーブの使い方により、サーフ・ミュージックというジャンルを確立する際、多大な影響を与えた。実際、彼はフェンダーがアンプを開発する際協力、彼のハイ・ヴォリュームなスタイルをサポートするに足る物を作らせている。彼はレバノンにルーツを持ち、彼の叔父により打楽器のタラバキや絃楽器ウードの演奏を教わった事でのちの音楽スタイルに影響を受けたという。彼は左利きなのに右利き用ギターを弾く事で、ギターを上下逆に演奏していた。1961年に発表したインスト曲のヒット「Let’s Go Tripping」が最初のサーフ・レコードとする人も多い。彼の曲で最も有名なのは「ミザルー」だが、これはタランティーノ監督の『パルプ・フィクション』に使われた。本当に唯一の才能、ディック・デイルよ、安らかに。