Jun 22 2019

Streetlight Cadenceが新譜を発表

ロサンゼルスをベースに活動するバンド、ストリートライト・ケイデンスが新譜『MOMENTARY』をリリースした。このバンドはホノルルのストリートで活動を開始。その後、ハワイで数々の「バンドバトル」を勝ち抜き、ロスに移住した。彼らのストリートパフォーマンスは大人気で、ディズニーランドやユニバーサル・スタジオでの演奏に繋がった。このバンドはライブの後に外食することでも知られていて、彼らのツアーの記録を「Will Play For Food」というビデオに残している。このバンドは様々な場所で活動していて、来日もしている(六本木で逮捕されそうになった)。それらの全てで彼らはライブ活動とその後の食事風景を録画している。これらのビデオはハワイのテレビ番組として放映され、エミー賞にもノミネートされている。このバンドは珍しくインストゥルメンタルのラインナップが多く、多くの曲にヴァイオリン、チェロやアコーディオンが使われている。最初の反響として、人気のトラックは「Vinyl Records」と「I Miss You」のようだ。

Jun 22 2019

VulfpeckがMike Violaとコラボ

現代のカルト・ファンクバンド、ヴァルフペックがシンガー・ソングライターのマイク・ヴィオラとコラボ、彼らの新しいシングル「For Survival」でヴォーカルを取っている。ヴァルフペックはミシガン州アンアーバー出身。もともと彼らはジョーク・バンドもどきの、クラフトワークとマッスル・ショールズが合体したファンク専門のドイツ人セッション・マンに扮して活動していた。しかしオリジナル・レーベルから出版された彼らのアルバムは非常に人気が高く、デイヴィッド・T・ウォーカーやブーツィー・コリンズ、ジギー・モデリストやバーナード・パーディーらとのコラボレーションに繋がった。「For Survival」のトラックとビデオは彼らの最新アルバム『Hill Climber』から取られたものだ。マイク・ヴィオラが最初に名を知られるようになったのは、キャンディ・ブッチャーズのリーダーとしてだが、彼はライアン・アダムズやファウンテンズ・オブ・ウェイン、マンディ・ムーア、フォール・アウト・ボーイ、レイチェル・ヤマガタらとも仕事をし、「That Thing You Do!」のテーマを歌うなど、映画音楽にも多く採用されている。

Jun 22 2019

ビートルズファン必見の演劇「This Girl」

ビートルズファン必見の新たな劇がお目見えする。演劇『This Girl』がこの夏リヴァプールでこけら落としとなる。この劇はジョン・レノンの最初の妻、シンシア・パウエルがレノンと結婚していた間のエピソードを描く。2人は1957年、大学で出会い、恋人同士となると1962年に結婚。彼らはビートルマニアやツアー、浮気やドラッグも乗り越え結婚生活を続けたが、1968年に破局した。彼女はその後、2005年に出版された「John」を含む2冊の自伝を書き、2015年に他界。劇作家のマイク・ホウルは数々のビートルズ曲のインスピレーション源を含んだ詳しい調査を行った。この劇で彼は、ジョンやジョンの音楽に対するシンシアの強い影響力を描いている。これは、ジョンの未亡人であるヨーコ・オノが通常ジョンのビートルズ時代よりもソロでの活動期を優先する事に反したものだ。

Jun 17 2019

Shonen Knifeが19枚目のアルバムを発表

少年ナイフが19枚目のスタジオ・アルバム『Sweet Candy Power』を発売した。1981年の結成以来、少年ナイフはオリジナルの道を進み、日本の音楽業界を驚かせ、世界の音楽ファンを喜ばせて来た。彼女らはメジャーなレーベルと契約前に多くのメジャーなミュージシャンが参加したトリビュート・ダブル・アルバムがあり、食品や動物に関する自作の曲を英語、日本語両方で作っていた。ヴァージン・レコードと契約後は、カート・コバーンの勧めでアメリカとヨーロッパをツアーで回り、彼女らの曲調がアップビートでハッピーなものが多いにも関わらず、パンク・ファンを魅了。また、数々のアメリカ映画に曲を提供している。シンガー/ギタリスト/作曲者の山野直子以外のメンバーの結婚、出産や他のイベントにも関わらず(メンバーがツアーにも戻ってきたりしているなど)バンドの形を保っている。

少年ナイフ、ロック・オン!

Jun 17 2019

Discogがもっとも高く売れたレコードの金額を発表

ウェブサイトのディスコグは、2005年のサイト開設以来、高額で売れたレコードの金額(アメリカドルに変換)を発表した。金額にはバラエティがあるものの、パンクのシングルカットは多くランクイン。ゴリラ・ビスケッツの『ゴリラ・ビスケッツ』は6,164ドル、ネガティヴ・アプローチの『ネガティヴ・アプローチ』は5,000ドル、バッド・ブレインズの『Pay to Cum』は4,000ドル、ネクロスの『Sex Drive』は3,800ドル、ミスフィッツの『Cough』は3,000ドル、アグノスティック・フロントの『United Blood』は2,592ドル、マイナー・トレットの『In My Eyes』が2,500ドルとなっている。

Jun 17 2019

Miles Davisの幻のデビューアルバムが発売に

マイルス・デイヴィスのデビューアルバムとなるはずだったが『Tutu』の方がベターとされ幻となった、1985年の『Ruberband』アルバムがライノから9月6日にリリースされる事になった。このアルバムはオリジナル・プロデューサーのランディ・ホール、ゼイン・ジャイルズがマイルスの甥でドラマーで、デイヴィスの遺産管理者でもあるプロデューサーのヴィンス・ウィルバーン・Jrの協力を得て完成された。R&B-ジャズシンガーのララー・ハサウェイやレディシも一曲ずつフィーチャーされている。

Jun 17 2019

テナーサックス奏者Terry Hanckの新譜が発売に

ブルース、R&Bのテナーサックス奏者、テリー・ハンクが新アルバム『I Still Get Excited』を7月12日に発売する予定。ゲストはリック・エストリン、トレイシー・ネルソン、クリス・ケインやノルウェー出身のギタリスト、クリス・”ザ・キッド”・アンダーソン。ハンクは長年、エルヴィン・ビショップのサイドマンとして活躍し、彼のソロ活動ではブルース・ミュージック・アワードで「ベスト・ホーン』賞を何度も受賞している。

Jun 17 2019

Dylan LeBlancが新譜を発表

シンガーソングライターのディラン・ルブランが新譜『Renegade』を発売。このアルバムは彼の以前のアルバムに加え、よりギターを中心にしたロックサウンドとなり、彼が生まれたアメリカ南部の影響が強いように思える。ディランはニール・ヤングとトッド・ラングレンに影響されたとしているが、それに加え、アルコール依存からの脱却、ニューオリンズでの過剰飲酒による逮捕も影響しているとしている。

Jun 17 2019

音楽ドキュメンタリー”Echo in the Canyon”が高評価

音楽のドキュメンタリー映画『Echo in the Canyon』が非常に好評で、現在のところ上映館が限られているにも限らず観客動員数も高い。この映画はバーズ、ザ・ビーチ・ボーイズ、バッファロー・スプリングフィールド、グラハム・ナッシュ、ジャクソン・ブラウンやママス・アンド・ザ・パパスらが活躍した60年代の南カリフォルニア、ローレル・キャニオンでの音楽シーンの物語。この映画のおかげで「California Dreamin’」「Monday」ローレル・キャニオンの事を歌った「Twelve Thirty (Young Girls Are Coming to the Canyon)」を含むママス・アンド・ザ・パパスの60年代のヒット曲がリバイバルとなっている。ボブ・ディランの息子でウォールフラワーズのリーダー、ジェイコブ・ディランは当時の曲のリメイク曲で『Echo In the Canyon』と呼ばれるアルバムを、レジーナ・スペクター、キャット・パワー、ベック、エリック・クラプトン、ノラ・ジョーンズやジェイド・カストリノスらと製作中だ。

Jun 17 2019

The Rolling Stonesのツアーが6月に開始

ローリング・ストーンズの「No Filter」ツアーの予定が発表になり、6月21日にシカゴで開始、前座としてダムスタファンク、ゲイリー・クラーク・Jr.、ウォンバッツ、リヴァイヴァリスツ、ナサニエル・レイトリフやルーカス・ネルソンが決まっている。ダムスタファンクとリヴァイヴァリスツは両者ともニューオリンズ出身で、ルーカス・ネルソンはウィリー・ネルソンの息子で、ヒットした「A Star Is Born」のサウンドトラックに楽曲提供したり、6月14日には新譜『Turn Off The News』(Build A Gardenから出版)も発表した。

Jun 07 2019

Shonen Knife(少年ナイフ)が新譜を発表

少年ナイフが新アルバム『Sweet Candy Power』を日本ではP-Vineから、オーストリアリアではヴァルヴ・レコードから、アメリカとヨーロッパではグッド・キャラメルから発売する。このアルバムにはフルのナイフサウンドが収録されている。ポップパンク、バラード、メタル、木やファンタジー、ビデオゲームやもちろん食べ物についての曲などが収録されている。

Jun 07 2019

Pavementが再結成に

ペーヴメントが再結成を発表した。バンドは1989年、カリフォルニアのストックトンで結成、インディーズレーベルマタドールから、早期に成功したグループのひとつだ。1999年、バンドは解散。2010年に短期間再結成したものの、同期のピクシーズのように、再結成後の方が解散前よりも人気があることに気付いたようだ。彼らがもともと発表していたのはスペインとポルトガルの二つのフェスティバルへの参加だが、ファンはライブ予定が増えるのではないかと期待している。

Jun 07 2019

鬼才Leon Redbone、69歳で他界

謎めいたミュージシャン、レオン・レッドボーンが69歳で他界した。

彼は1890年代のティン・パン・アレー音楽や、早期のジャズやブルースなど昔からの音楽を好んだ。本名はディクラン・ゴバリアン、キプロス生まれのアメリカ系だったが、60年代中頃にカナダに移住した頃レオン・レッドボーンと改名。彼は自分の音楽にそのさりげないユーモアのセンスを混ぜ込み、自分について大ボラな話を作り続けた。ボブ・ディランは1972年のフォーク・フェスティバルで彼の演奏を見て、ローリング・ストーンズ誌のインタビューで高く評価した。レオンは1975年にワーナーから『On the Track』でレコード・デビュー。彼の流行とは関係ないが非常に素晴らしい音楽がラジオではなかなか流されなかった中で、テレビ番組への出演により非常に人気だった。彼の演奏時のスタイルはヒゲにサングラス、パナマ帽というものだったため、正確な年齢がわからず、実際の彼が20代だった頃、多くの観客は彼の年齢を50代から60代と間違えていたという。彼のアルバムのカバーは彼を描いた絵か漫画のカエルだったが、写真は使われなかった。彼はフランク・ザッパの別名義だというものもいた。彼の深い声やユーモアのセンスはアニメ映画の声優としても人気で、ウィル・ファレルの映画「エルフ」でも彼は有名になった。彼の曲の多くは非常にわかりにくいカバー曲で、ほとんどどの曲が何のコピーでどの曲がオリジナルか分からないくらいだった。彼は大ヒット曲というものには恵まれなかったが、アルバムは堅実な売り上げを誇理、レッド・ストライプスのジャック・ホワイトが彼の作品のリイシュー盤を制作するほどだった。

安らかに。

Jun 03 2019

伝説のロッカー、ロッキー・エリクソン死去

ロックの伝説的ミュージシャン、ロッキー・エリクソンが71歳で他界した。ロッキーが初めて世に出たのは、テキサス州オースティンをベースに活動するサイケデリックバンド、13th フロアー・エレベーターズのシンガーとメインの作曲者として。このバンドはロッキーが19歳だった1966年の「You’re Gonna Miss Me」1曲しかヒットと呼べる曲を残さなかった。彼らのアルバムは、ロック史上初のサイケデリックとジャケットに明記されたアルバムと言われている。13th フロアー・エレベーターズのサウンドはユニークなもので、フルートのように演奏され、鳩のような音を出すエレクトリック・ジャグも使われた。このバンドはマリファナを含む幻覚系麻薬の信奉者で、警察にもマークされていた。1968年、ロッキーは統合失調症と診断され、治療を受ける。1969年にはマリファナ所持で逮捕、当時これは10年の懲役刑となるはずだった。投獄を避けるため、彼は精神的無能力であったため無罪と主張。結局彼は収監されず、精神病院に入院、そこから彼は何度も脱走している。その後彼は電気ショックやクロルプロマジンなどの治療を受けるが、状況は変わらず、むしろ悪化させた。その後彼はブリーブ・エイリアンというバンドを結成、マイナー・ヒット「Two-Head Dog」を飛ばす。この曲は歌詞に「ホワイトハウスの中にクレムリンが二つ頭の犬といる」とあり、一部ではドナルド・トランプを予言する曲とも言われている。

彼の非常に興味深い歌詞(「You Don’t Love Me Yet」のようにロマンティックなものから、彼の妄想やモンスターに対する興味からできた「I Walked With A Zombie」など)や彼の健康状態に対する不安などから、バットホール・サーファーズ、ダグ・サーム、ナーブブレーカーズ、ZZトップらテキサスのミュージシャンが彼を支えた。ロッキーはまた、CCRのスチュー・クックともレコーディングしている。

彼は気まぐれだが人気のパフォーマーであり続け、彼のアルバムは控えめながら確実に売れ続けた。1990年にサイアー・レコードが素晴らしいトリビュート・アルバムをまとめたが、それにはジーザス・アンド・メアリー・チェイン、プライマル・スクリーム、テレビジョンのリチャード・ロイド、ルー・アン・バートン、ZZトップ、ダグ・サーム、REM、ジュリアン・コープらが参加している。

ロッキーはそれでも苦しみ続けた。一度は、近隣の住民への郵便を勝手に取って自分の家の壁に封をしたまま貼り付け、郵便物窃盗の罪で逮捕されたが、最後は解放された。2001年には兄弟のサムナーが法的後見人となり、信託基金を設定して医療費や弁護士費用などの面倒を見た。2005年になるとロッキーは薬を必要としなくなり、車を自分で運転するなどかなり普通の生活が送れるようになった。ツアーにも復帰し、多くのミュージシャンとコラボレーションしている。2015年にはエレベーターズのメンバーのトミー・ホール、ジョン・アイク・ウォルトンとと再会ライブをオースティンのサイケ・フェスティバルで行なっている。

ロッキー・エリクソンよ、安らかに。