Sep 29 2019

Big Lazyが新譜を10月に発売

ニューヨークをベースに活躍するバンド、ビッグ・レイジーが新アルバム『Dear Trouble』を10月19日に発売する。このインストゥルメンタル・トリオはレインドッグスとトム・ウェイツ、リンク・レイやバーナード・ハーマンをミックスしたようだと言われている。彼らの音楽はブルース、ジャズやロカビリーのミックスで、ハードボイルドなサウンドを作り出し、アメリカのテレビ・シリーズで使用されている。

この新アルバムではギタリストのマーク・リボーとトランペット奏者のスティーブ・バーンスタインがゲストとして登場。注目の一枚だ。

Sep 29 2019

Jann Wennerがロックの殿堂会長を引退

ローリングストーン誌やロックの殿堂の共同創立者のヤン・ウェナーがロックの殿堂の会長職を退き、ジョン・サイクス(クリサリス・レコード、EMI、MTV)に後を譲った。1983年、ロックの殿堂はオハイオ州クリーヴランドに設立され、その初期から物議を醸してきた。多くの音楽ファンは展示品を楽しんでいるが、役員会メンバーの好みや仕事での関わりに左右されすぎていると批判されることも多く、これは「ロックンロール」定義が難しいことと、殿堂入りの際に行われるセレモニーへの参加費がべらぼうに高いことも理由に入るだろう。ジョン・リンドンはせっクス・ピストルズが殿堂入りした際のセレモニーへの参加を拒否し、セレモニーを「Piss Stain(尿染み)」と呼んだことで知られている。特に良く言われるのが、彼らはムーングロウズ、フラミンゴス、フランキー・ライモンやティーンネイジャーズ(トップ40に入るヒットは一曲しかない)などのドゥー=ワップのトップグループや、ニューヨークをベースにする批評家のお気に入りであるパティ・スミス(トップ40ヒット1曲だが、ブルース・スプリングスティーン提供の曲だった)やローラ・ナイロ(素晴らしいソングライターだがトップ100入りのアルバムは1枚だけ)が好まれ、ヘビメタのベテランで何百万枚も売り上げるディープ・パープルやアイアン・メイデンが無視されているという事だろう。

Sep 29 2019

Grateful Deadの作詞家Robert Hunter他界

グレイトフルデッドの作詞家だったロバート・ハンターが78歳で他界した。彼は本名ロバート・バーンズで、「オールド・ラング・サイン(蛍の光の原曲)」を作ったスコットランドの同名の詩人の子孫と信じられている。アル中の父に家族ごと見捨てられ、厳しい幼少期を過ごした彼は、ハンターという名前の男性と再婚した母と再会し、その姓を名乗るまで里親の家を転々としたという。10代の頃にグレイトフルデッドのギタリスト、ジェリー・ガルシアと出会い、彼とバンド活動を始める。しかし、ガルシアが絃楽器全体に才能を発揮する傍ら、彼は作詞にのめり込む。60年代前半、CIAが資本投入したスタンフォード大学のLSD実験に被験者として参加、LSD、メスカリン、シロサイビンなどの幻覚剤を摂取することで給料を得ていた(1968年までアメリカではLSDは合法だった)。ここでの経験が彼の物の見方に影響を与えたという。非常に珍しいことに、ハンターはグレイトフルデッドのメンバーとして数えられている。彼はステージでパフォーマンスを披露することはなかったが、デッドの曲の多くに(1番多いのはガルシアの曲だ)詞をつけた。初期の人気曲の多くは彼の共作で「China Cat Sunflower」「Dark Star」「St. Stephen」などを含む。その後彼はチャートでヒットした唯一の曲「Touch of Gray」他、バンドの名作と言われるアルバム『Workingman’s Dead』『American Beauty』の全曲に詞をつけている。バンドがロックの殿堂入りした際、ハンターもバンドメンバーとして同時に登録。パフォーマンスをしないメンバーが登録されたのは初めてだった。また、彼はボブ・ディラン、エルヴィス・コステロ、ブルース・ホーンビー、ビル・ペインやリトル・フィート、カイル・ホリングスワースやストリング・チーズ・インシデント、ロス・ロボスのセサル・ロサスらとも共作していた。安らかに。

Sep 23 2019

Baby Shakesが新譜をリリース

ニューヨークをベースに活動するレトロ風味なガラージ・パワー・ポップ・ロック・グループであるベイビー・シェイクスが最新アルバム『Cause a Scene』を9月20日にリリースした。このアルバムのプロモーションのためにバンドはツアーを強化、11月1日に岐阜から始まり10日に仙台で締める日本ツアーも予定している。東京では下北沢のクラブで11月4日、6日、8日に演奏予定。タイトル・トラックのビデオがネットで配信中。

Sep 23 2019

Sakamoto Ryuichiの1978年アルバムが再販に

坂本龍一の1978年のアルバム『千のナイフ』がレコード盤でウィー・ウォント・サウンズというレーベル(ここは矢野顕子のリイシュー盤なども含むカタログを保有)から再販される。国際的に「再発見」された細野晴臣もアルバムに登場、ジャマイカのアーティスト、ボブ・マーリーの招待作成されたアルバムで国際的に知られている日本のパーカッショニスト、様々な別名があるが、「21st Century Dub」で知られるペッカー(橋田正人)も参加している。古い世代にはYMOのメンバーとして知られる坂本だが、アメリカでは映画のサウンドトラックで著名だ。

Sep 23 2019

Beach BoysのBrian WilsonがZombiesとツアーに

元ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンがイギリスのバンド、ゾンビーズと「Something Great in 1968」と銘打ったツアーを行っている。ブライアン・ウィルソンは彼のアルバム『Friends』やビーチボーイズのヒット曲を演奏、ゾンビーズは名盤と言われる(発売当時はあまり売れなかった)彼らのアルバム『Odessey & Oracle』から演奏する。実際、ゾンビーズはロックの殿堂入りしたにも関わらず、オリジナルのバンドとして活動していた際は1枚しかアルバムをリリースしていない。彼らのセカンドアルバムだった『Odessey & Oralce』は解散後にリリースされ、このさらに1年後、有名な「Time of the Season」が国際的なスマッシュヒットとなった。このバンドは日本には常に多くのファンがいて、「I love You(好きさ好きさ好きさ)」「She’s Not There」や「Time of the Season」などは一風堂やキンキキッズを含む多くのアーティストにカバーされている。

Sep 23 2019

CarsのRic Ocasekが他界

カーズのボーカリスト/作曲家/プロデューサーだったリック・オケイセックが、ニューヨーク市の自宅で他界した。心臓病だった。カーズは1978年にバンド名を冠したアルバムでデビュー、ニューウェーブの旗手として活躍した。オケイセックは当時のボーカリストらしくないボーカルで、ハンサムというよりはオタクっぽい印象だったが、不思議なカリスマがあり、どこか超然とした、無表情なスタイルを貫いた。彼は影響を受けたアーティストとしてバディ・ホリーをあげている。カーズは「Just What I Need」を始めとしたきっちりと磨き上げられたポップ・スタイルでラジオ電波を独占した。バンドとしては5枚のスタジオ・アルバムを発表し、最初の4枚がマルチ・プラチナアルバムになる。カーズ解散後、オケイセックはウィーザー、ナダ・サーフ、バッド・ブレインズ、スイサイド、ロメオ・ヴォイド、バッド・リリジョン、ビリー・コーガンやジョナサン・リッチマンらのプロデュースを手がけた。

Sep 23 2019

北米ミュージック業界トレンド

アメリカの音楽業界には現在多くのトレンドを横断したニュースが増えている。

2011年にはCDセールスをデジタルダウンロードが超えたが、現在ダウンロードビジネスは鋭い下降線を見せ、物質的なフォーマット(CD、レコードなど)の売り上げが上がっている。2018年にはストリーミングがトップのビジネスフォーマットだったことに対し、現在多くの業界人が驚いているのが、テイラー・スウィフトやトゥールのCD売り上げが著しいことだ。スウィフトのアルバム『Lover』はアメリカで、発売後2週間の間に46万枚のCDを売り上げた。彼女の人気は今更驚くに値しないほど当たり前のものになっているが、これほど多くのファンがCDのような物理的なフォーマットを選んだことに対し多くが驚愕した。さらに、トゥールは8万7千枚のデラックスパック(1部6500円)を売り上げた。それに加え、ヒップホップファンがデジタル・フォーマット(ダウンロード、ストリーミング)を好むことがよく知られているにも関わらず、ラップスターのマローンが新譜『Hollywood’s Bleeding』で12万6千部のCDを売り上げている。また、ジャック・ホワイトのプロジェクト・バンド、ラカンターズは、ホワイトがレコードオンリーのレーベル、サード・マンを持っているのもあってか最新アルバムで5万枚を売っている。しかし、ウォルマートやベストバイなどのビッグ・ボックス販売店はCDの売り場を減らしているし、業界全体を見るとやはりCDのセールスはアメリカでは徐々に減っている。それに対し、レコードは少しずつではあるが確実に売上を伸ばしつつある。レコードとCDの総売上の金額差は徐々に埋まってきていて、業界ではレコードの売上がその内CDの売上を上回ると予見している者もいるほどだ。面白いのは、CDが最初に出版された当時、レコードよりもはるかに高価で、倍以上の金額だったのが、ここに来てレコードを印刷できるプレスが減り、レコードのパッケージがデラックス化されたこともあり、価格が逆転したということだろうか。

 

Sep 14 2019

TWINKIDSがシングルをリリース

エレクトロニック・クイアー・ポップ・デュオ、ツインキッズが新らしくシングル『Eighteen』を発売した。この曲は若かりし頃の愛を思い出し、それがどれくらい大きく見えていたか、環境が変わることによって変節したかを描いている。胸を刺すような失恋の歌を歌うのは、東京で生まれ育ったヴォーカリスト、ジーン・フクイ。80年代シンセ・サウンドを思わせるバックトラックは、ティアーズ・フォー・フィアーズの流れを組んでいる。

Sep 14 2019

LITEが新譜をリリース

日本初のバンドLITEが、新アルバム『Multiple』をリリース、来月から台湾のマス・ロックバンド、エレファント・ジムを前座にUSツアーを開始する。

Sep 14 2019

Daniel Johnston、心臓発作で他界

エキセントリックなシンガーソングライターだったダニエル・ジョンストンが58歳という若さで、心臓発作を起こし死去した。彼の音楽キャリアは安いカセットレコーダーにオリジナルの歌を録音、テキサス州オースティンの彼が働いていたマクドナルドで客に無料配布していたところからスタートしている。創造的で子供みたいな曲は有名になっていった。ヨ・ラ・テンゴ、フレーミング・リップス、トム・ウェイツ、ベック、ジャド・フェアら多くのアーティストがコピーした。

ジョンストンは統合失調症を患っており、飛行機墜落事故を起こしたあとはしばらく精神病院に入院していたが、その後海外ツアーを行うなど活動を再開。彼はインディーズのレーベルからアルバムをリリース、のちにアトランティックと契約を結んだ。

彼は不合理で、一貫性がなく、信頼できないことも多かったが、カルト的な人気を博した。1993年、レコード・エクスチェンジというレコード店が彼に壁画の制作を依頼。彼が「ジェレマイヤ・ザ ・イノセント」と名付けた、「Hi How Are You?」と吹き出しのついたカエルの壁画はオースティンの観光名所にもなっている。カート・コヴァーンはローリング・ストーンのカバーにもなったバージョンのTシャツをよく着用した。ジョンストンの驚くべき人生を綴ったドキュメンタリー「The Devil and Daniel Johnston」は2005年に制作されている。

安らかに。

Sep 01 2019

Corneliusが北米西岸ツアーへ

コーネリアスが、9月24日に北米西岸ツアーをロサンゼルスで開始、北上して10月2日にヴァンクーヴァーで千秋楽を迎える予定だ。このツアーではコーネリアスは『Point』アルバム全曲を演奏するという。カリフォルニアでの前座はベイ・エリアをベースに活動するサイケデリック/オルタナ・ロックバンドで、西海岸とヨーロッパにファンが多く、日本の幾何学模様とも共演しているシュガー・キャンディ・マウンテンが起用された。コーネリアスは、1997年の『Fantasma』アルバムが著名なインディーズレーベル、マタドールからリリースされた事で知られるようになった。彼はヨーコ・オノのバンドでの公演も含め、数々のアメリカライブの経験がある。

Sep 01 2019

シンガーソングライター、ギタリストのNeal Casalが自殺

今週は悲しい自殺のニュースがある。大人気のシンガー、ソングライター、兼ギタリストのニール・カザルが他界した。彼はニュージャージー州に生まれ育ったが、1988年から1993年の間南部ロックバンドのブラックフットのギタリストとしての活動で名を売った。ブラックフット後、彼は数々のソロアルバムをインディーズのファーゴ・レーベルからリリース。日本のインディーズレーベル、ゴティーもカザルのアルバム『No Wish to Reminisce』『Roots and Wings』『Sweeten the Distance』をリリースし、日本公演もアレンジした。カザルはソロのライブで日本人ミュージシャンを起用することがあり、キーボード奏者の良原リエ(ステージネームTric0!)もその1人だ。彼はまた多くのバンドで演奏、ヘイジー・マラズ、ビーチウッド・スパークス、ロバート・ランドルフ、ライアン・アダムスや彼の家族、クリス・ロビンソン・ブラザーフッドらと共演している。彼の曲「Dandelion Wine」はオルタナ・カントリーバンドのレイルロード・アースが録音。カザルは他にもウィリー・ネルソン、フィル・レッシュらとコラボ、またグレイトフル・デッドの要請でライブのインターミッション用の曲を提供したが、あまりにも人気になりサークル・アラウンド・ザ・サンという名義でリリースしたりもしていた。安らかに。

 

Sep 01 2019

グラフィックアーティストPedro Bellが他界

グラフィック・アーティストのペドロ・ベルが69歳で数々の病の後死去した。ベルはパーラメント/ファンカデリックのイラストレーターで、他にもジョージ・クリントンや関連のプロジェクトにも参加していた。彼のユニークで、ざっくりとしたサイケデリックかつSFテイストのイラストや、彼のパーラメント/ファンカデリックのためのライナーノーツなどは、バンドの奇妙かつコミカルで、スーパーヒーロー的なイメージを作り上げるのに一役買っている。彼は影響を与えたアーティストとしてサン・ラ、サルバドール・ダリ、フランク・ザッパ/カル・シェンケル、ロバート・ウィリアムスやエド・ビッグダディ・ロスを挙げている。安らかに。

Sep 01 2019

ソングライターDonnie Fritts、他界

偉大なソングライターのドニー・フリッツが76歳で心臓手術中の合併症により他界した。フリッツは長期間に渡り成功を納めたミュージシャンで、主にソングライターとして活動、他にもセッション・プレイヤー、サイドマンとしても、特にクリス・クリストファーソンのキーボード奏者として活躍した。アラバマをベースに活躍した彼は、多分レイ・チャールズ、ローリング・ストーンズ、ティナ・ターナーやウェイロン・ジェニングスが歌った「We Had It All」、ダスティ・スプリングフィールド、UB40&クリッシー・ハインドが録音した「Breakfast In Bed」、ダン・ペンと共作でアーサー・アレクサンダー、ジョン・バエズ、パーシー・スレッジ他多くが歌った「Rainbow Road」、同じくダン・ペンとの共作でイルマ・トーマスが歌った「Choo Choo Train」、この曲はエディ・ヒントンとの共作で1968年にボックストップスのトップ40ヒットにラインクインし、さらに近年タランティーノ監督の新作「One Upon a Time In Hollywood」に使用された。彼の時々共作者のペンと同じく、フリッツの曲は多くの場合R&B、カントリー、たまにポップスのシンガーにより愛された。安らかに。

Sep 01 2019

Ivan Nevilleのデビューアルバムが再販に

ユニバーサルがイヴァン・ネヴィルの1988年デビューアルバム『If My Ancestors Could See Me Now』をリイシューすることを発表した。このアルバムにはビルボードで26位になったシングル「Not Just Another Girl」も収録されている。他にもチャート入りしたボニー・レイットとのデュエット曲「Falling Out of Love」も入ってる。さらに、ギターとプロデュースを兼ねたダニー・コーチマー、ワディ・ワクテル&スティーブ・ジョーダン(イヴァンは彼らとキース・リチャーズ・エクスペンシブ・ワイノス・バンドで共演している)ベーシストのランディ・ジャクソン、ドラマーのジェフ・ポーカロ、ジョン・デヴィッド・サウザーやジム・ケルトナーなどもゲストとして参加している。