Apr 15 2020

新型コロナ 疫病による音楽業界への影響

新型コロナウイルスは、あらゆる面でライブ・ミュージック業界に大きな影響を与えている。世界最大のコンサート・プロモーターであるライブ・ネーションは、2月28日には通常営業していたにもかかわらず、現在8000公演がキャンセルまたは延期となっている。彼らのチケット販売を手がけるチケットマスターは静かにポリシーをキャンセルの場合のみ払い戻し(延期の場合は払い戻しなし)に変更。ブッキング・エージェントのエンデヴァー/ウィリアム・モリスは250人の従業員を解雇、パラダイムは100人以上を解雇。アメリカでは非常に珍しいことだが、重役の多くが自らの給与カットに踏み切った。明るいニュースといえば、アップル・ミュージックが5億ドルの資金をインディーズレーベルへの前払金として用意したというものくらいか。この前払金を受け取るためには、レーベルはアップルを通した売り上げが、四半期で1万ドル以上に達する必要があるという。

Apr 15 2020

John Prineがコロナ 関連死

シンガーソングライターのジョン・プラインが73歳でコロナ 関連死した。彼はこれ以前、2度ほど癌で危険な状態を切り抜けていた。

プラインは1972年のデビュー以来、強い人気を誇り、彼の世代では最高のソングライターと呼ばれつつも、チャートインするヒットを出したことはなかった。彼のキャリアは非常にユニークなルートを辿っている。14歳でギターを始めた後、軍隊に所属し、ドイツでメカニックとして働き、その後シカゴで郵便局員となり、そこでオープン・マイク(飛び入りスタイル)のライブに参加していた。彼を最初に発見し、メジャーなレコーディングをさせたのは、高名な映画評論家のロジャー・エバートが、映画館の後にフラッと立ち寄ったバーでプラインの演奏を見て、映画よりもプラインのことについて書いたのがきっかけだった。クリス・クリストファーソンは初期からのファンで、ニューヨーク市でのライブの前座としてプラインを起用。その場でレコード会社重役のジェリー・ウェクスラーに見出され、翌日にはアトランティック・レコードで契約に至る。プラインのサウンドは、どちらかというとロックというよりフォークだが、FMラジオにたびたび取り上げられる。彼はその意味深く、素朴で、ユーモラスな歌詞からマーク・トゥウェインやボブ・ディランと並び称されることが多い。実際、ボブ・ディランも初期からのプライン・ファンだ。ジョニー・キャッシュも同じく初期からのファンで、プラインの曲のカバーを何度もレコーディングしている。多くの歌手が彼の曲をカバーしていて、まだゲイの発展場でバリー・マニローをピアノに歌っていたベット・ミドラーや、モーターサイクル・ギャング(アメリカ式暴走族)のメンバーで刑務所にも服役した、アウトロー・カントリー歌手のデイヴィッド・アラン・コーなど。ロジャー・ウォーターズは最初ファンだったが友人となり「Hello In There」のコピーを何度もライブで披露している(彼はプラインの「Sam Stone」の部分部分を、ピンクフロイドの「The Post War Dream」に使ったりもしている)。ボニー・レイットは「Angel From Montgomery」を録音した30人以上の歌手のうちの1人で、レイットバージョンは大人気となった。プラインのアルバムは、流行を追うことなかったため大きく売れなくとも、着実に販売実績を重ねた。それぞれのアルバムにきちんと良い歌が録音されていた。ファンの間でも、ブルーグラス・サウンドの強い2枚目のアルバム『Dioamonds in the Rough』と6枚目のロカビリー風アルバム『Pink Cadillac』は混同されることが多い。プラインはメジャー・レーベル・システムと合わず、1981年には自分のレーベル、オー・ボーイ!を立ち上げた。その後、共作を始め、ボビー・ブラドック、ダン・ペン、スプーナー・オールダム、ドニー・フリッツ、ブラック・キーズのダン・オーバック、シェル・シルヴァーステインやボビー・ウィットロックらとコラボした。2016年に彼はトップの女性カントリーシンガーらとデュエットアルバム『For Better, or Worse』を制作。2018年のアルバム『The Tree of Forgiveness』は、セールスとしては15万枚とそこそこの売り上げだったにもかかわらず、ビルボードチャート5位になった。2020年にはグラミーの特別厚労賞生涯業績賞を受賞。彼の死後、彼の曲の多くが北米アップル・チャートにランクインした。彼がアイリス・ディメントとデュエットした「In Spite of Ourselves」が一番人気のようだ。

世界でも最高のソングライターの1人だった、ジョン・プライン、安らかに。

Apr 04 2020

DisneyからBeatlesのドキュメンタリー映画が9月リリースに

9月4日、ディズニーがビートルズのドキュメンタリー映画を北米とカナダでリリースする。日本でのリリース日程は未発表。映画のタイトルは『The Beatles: Get Back』で、『指輪物語』3部作、『ホビット』3部作で最も知られるピーター・ジャクソンがプロデュース。この映画には「レット・イット・ビー」のレコーディング・スタジオの様子など、未発表のフィルムがかなりの量で使われているという。ポール、リンゴ、オノ・ヨーコやオリヴィア・ハリソンの協力で作られた。

Apr 04 2020

ジャズ・トランペットのWallace Roneyもコロナに

ジャズ・トランペットのウォレス・ルーニーもコロナウイルスにより59歳で死去した。彼はクラーク・テリー、ディジー・ガレスピーやマイルス・デイビスに学び、デイビスの弟子でもあった。彼は4歳で完璧な音感を持っている事がわかり、すぐ音楽の勉強を始めた。15歳でプロとしての最初のレコーディングを行い、16歳でシダー・ウォルトンのバンドに参加する。トニー・ウィリアムズやアート・バークレーらとの共演を経て名前を知られるようになり、引っ張りだことなった。彼個人の名義で、ミューズ、コンコード、ワーナー・ブラザーズなど多くのレーベルからアルバムも発売している。1994年、アルバム『A Tribute to Miles』に参加した事でグラミー賞を受賞した。

Apr 04 2020

コロナによりAdam Schlesingerも他界

先週、コロナウイルスで陽性が出ていたパワー・ポップ・グループ、ファウンテンズ・オブ・ウェインのアダム・シュレシンジャーが享年52歳で逝去した。彼は2003年の大ヒットソング「Stacy’s Mom」のファウンテンズ・オブ・ウェインのメンバーとして最もよく知られてはいたが、ソロプロジェクトでもエミー賞、グラミー賞を獲得、トニー賞やゴールデン・グローブ賞にもノミネートされた。彼がトム・ハンクスの映画『That Thing You Do!』の劇中バンド、ワンダーズの曲として書いた映画のタイトルソングはさらに知られているかもしれない。アダムの友人、マイク・ヴィオラが歌っている。また、彼はゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツやモンキーズら、数々のアーティストのプロデュースも手掛けていた。彼の書いた曲は、ジョナス・ブラザーズや、ケイティ・ペリー、アメリカ・ボーリング・フォー・スープ、クリック・ファイブらに歌われている。