Apr 03 2013

タワレコ・サンセット店跡地が美術館に?

LAのサンセット・ストリップにあったタワーレコード跡地にポップカルチャー美術館を建設する計画が持ち上がっている。タワーレコードが西海岸で唯一の大手チェーンだった時期もふくむ1971年から2006年まで営業したタワーレコード・サンセット店は、タワーレコード最大の売上げを誇る店舗だった。音楽や映画業界のメッカでもあるLA中心部というロケーションから、同店には数多くのセレブ、奇人変人や業界人が足を運んだ。1930年代から40年代にかけては、Ciro’s、Mocambo、Trocaderoなどのクラブが人気を集めたことで、サンセット・ストリップは一躍ホットな夜遊びスポットに。60年代には、Whiskey-A-Go-Go、Roxy、Pandora’s Box、Rainbow Bar & Grill、London Fogなどのクラブが流行り、サンセット・ストリップに溢れ返る人混みを整理するために警察が外出禁止令を発令する事態に発展したほどだ。これをきっかけに暴動が起き、バッファロー・スプリングフィールドは「フォー・ワット・イッツ・ウォース」という曲を書いた。また、レッド・ツェッペリン、ザ・フー、ローリング・ストーンズらが滞在したハイアット・ウエスト・ハリウッド(通称ライオット・ハウス)は、あらゆる意味で過激なロック・ミュージシャンの伝説的な溜まり場として知られるようになった。70年代にはラジオDJのロドニー・ビンゲンハイマー主催のパーティー〈イングリッシュ・ディスコ〉がグラム・ロック・シーンを盛り上げた。この他には、メタルファンに人気だったStarwoodやGazzarri’sといったライブハウスから、ヴァン・ヘイレン、モトリー・クルー、ガンズ・アンド・ローゼズ、ポイズン、ウォレント、ラット、クワイエット・ライオットなど多数のバンドが誕生した。タワーレコードの対面にあったライブハウスCentralは、1993年にViper Roomとして生まれ変わり、ジョニー・デップが共同経営者であることをはじめ、俳優のリバー・フェニックスが麻薬の過剰摂取で死亡した場所として、客層がセレブ中心なことから有名になった。