Oct 29 2017

ロックのパイオニア、Fats Domino他界

ロックのパイオニア、ファッツ・ドミノが89歳で他界した。彼はニューオリンズをベースに活躍したシンガー兼ピアニストで、本名はアントワンだが、彼の丸い体型からついたあだ名「ファッツ(太っちょ)」としてよく知られている。愛嬌がにじみ出る人柄で、派手なアクセサリーを好み、こちらまで嬉しくなるような微笑みを絶やさなかった彼は、23枚のゴールドレコードを録音し、未だ黒人差別の強かった時代、白人の観衆に6億5千万枚のアルバムを売り上げた。

ブギウギ・スタイルを好み、3連音符を多用することでミディアム・テンポの曲に力強さを加える演奏の仕方やメロウな歌声で知られている。彼は10歳でピアノを始め、同じ頃学校からも中退した。1949年に発表した初シングル「The Fat Man」は100万枚を売り上げた(リトル・リチャードやエルヴィス・プレスリーでさえヒットは1955年以降)。自分の曲以外でも、多くのニューオリンズでのヒットレコードの録音に参加していた。

彼の曲は何度か白人のシンガーにハイジャックされている。例えば、パット・ブーンは1955年にファッツの曲だった「Ain’t That a Shame」(その後チープ・トリックがリバイバルする)で大きなヒットを飛ばしている。1956年にファッツは生涯で一番の大ヒットとなる「ブルーベリー・ヒル」を発表。この曲は彼が書いたものではなく、彼以前にも多くのメジャー歌手が歌っていたが、この大ヒットにより自分のものとした。1962年にはヨーロッパをツアーで回り、リヴァプールでは有名になる前のビートルズにも会っている。彼が最後にトップ100に名前を乗せた曲はビートルズの「Lady Madonna」のコピーだった(レノンとマッカートニーは二人ともファッツ・ドミノのファンで彼の曲のコピーもしている)。また、最近、セックス・ピストルズのグレン・マトロックは、彼らのヒット曲「God Save The Queen」は「Blueberry Hill」をピアノでいじっていた時に思いついたと明かした。

ファッツ・ドミノのパロディで有名になったのはアーネスト・エヴァンズで、チャビー・チェッカー(チャビーはファッツと同じく太っちょという意味で、さらにチェッカーはドミノのようなボードゲーム)という芸名で非常に成功した。

後年、ファッツは健康に問題を抱え、定収入もあったためあまりツアーには出ることがなかったが、彼のピンクのキャデラックでニューオリンズによく出没し、友人たちと楽しそうに食事をしたり、飲みに行っている。

偉大な音楽家の1人であるファッツ・ドミノよ、安らかに。