Jul 25 2019

ニューオリンズの偉人Art Neville、81歳で逝去

ニューオリンズの高貴なる音楽ファミリー、ネヴィル一家の1人、偉大なるアート・ネヴィルが81歳で多くの健康障害で苦しんだ後、他界した。アートは兄弟の1番上で、若い時から弟のチャールズ、アーロン、シリルと共に音楽業界で活動してきた。チャールズは50年代のスター、ラリー・ウィリアムズのためにサックスを吹いていたが、ヘロインへの依存と、薬を買うための万引きの為に収監され、皮肉なことに監獄でニューオリンズの伝説的なピアニストジェームズ・ブッカーと共演することになる。出所後、彼はニューヨーク市へ移住し、数々のR&Bのスターのサイドマンとして活躍し、ジャズも嗜んだ。シリルとアートも多くのバンドのサイドマンとして活躍、アートはニューオリンズのスタンダード・ナンバーとなった「Cissy Strut」などの曲でチャートで成功したファンク・バンドのミーターズに参加。アーロンは幸いにもゴージャスな声に恵まれ、1960年には「Tell It Like It Is」で大ヒットを飛ばした。ミーターズとネヴィル兄弟は1976年に叔父のジョージ・ランドリー(別名ビッグ・チーフ・ジョリー。ネヴィル一族は黒人として育ったが、白人やチョクトー・インディアンの血も入っていた)の下で合流した。その結果、1976年に出したアルバム『The Wild Tchoupitoulas』はカルト的な成功を博したが、大きなヒットとはならず終わった。ネヴィル・ブラザーズはその後バンドとして活動を始め、1978年にデビューアルバムを発売。大きなインパクトを残したのは2枚目のアルバム、ジョエル・ドーンがプロデュースした『Fiyo on the Bayou』だった。彼らのアルバムは大体そこそこの結果を残しているが、他に名作と呼ばれるのはダニエル・ラノワがプロデュースした1989年の『Yellow Moon』だろう。2004年に最後のアルバムを録音した後も、彼らには世界中にライブを待ちこがれるファンがいた(2009年のフジロックでも素晴らしかった)が、その間メンバーはミーターズの再結成を含むサイド・プロジェクトも行なっていた。アートはリー・ドーシー、ポール・マッカートニー、ドクター・ジョン、ラベル、ロバート・パーマーなどの偉大なアーティストとも共演している。チャールズは昨年他界。アートの息子、イアンはアーロンの息子で、キース・リチャーズバンドで演奏していたイヴァンが率いるファンクバンド、ダムスタファンク(最近ニューオリンズのローリングストーンズ・ライブ前座を務めた)でギターを弾いている。

アート・ネヴィルの音楽は永遠に生き続けるだろう。安らかに。