Mar 31 2020

Alan Merrill、コロナウィルス感染で他界

ロック・ミュージシャンのアラン・メリルが69歳で、コロナウイルスの感染により他界した。アラン・メリルはニューヨークに、サックス奏者のアーロン・サクスと、シンガーのヘレン・メリルというジャズミュージシャンの両親の元で生まれた。9歳から13歳の間はスイスの寄宿学校に通う。アメリカに帰国すると、彼はニューヨークの名所でもあるカフェワッ?で演奏していた、数々のセミプロバンドでプレイした。彼の母親の2人目の夫はメディアの重役で、彼女は1966年に、アランを連れて夫と東京に移る。この頃には彼女はメジャーなスター歌手で、クリフォード・ブラウン、クインシー・ジョーンズ、エンニオ・モリコーネやギル・エヴァンスらと共演。アランは渡辺プロダクション、RCAヴィクターと契約し、『時間ですよ』という人気ドラマに出演したアイドル風バンド、ザ・リードにも参加、CMにも出演していた。のちに、スパイダーズのムッシュかまやつひろしや、テンプターズの大口 広司らとヴォッカ・コリンズというグラム風味のスーパーグループを結成、アルバム『東京−ニューヨク』を東芝EMIから発売している。

その後、彼はロンドンに移住し、ギタリストのジェイク・フッカーやドラマーのポール・バーリーとアローズを結成。プロデューサーに著名なミッキー・モースト(アニマルズ、ハーマンズ・ハーミッツ、ザ・ヤードバーズを手掛ける)を迎えた。彼らはUKで、ヒットメーカーの作曲家デュオ、チャップマン・チンが作り、トップ10となった「Touch Too Much」を数えると、3度チャート入りヒットを飛ばしている。この曲はのちにローマン・ホリディ、ヘローやロンドン・カウボーイズらがカバー。しかし、彼の人生で最大のヒットとなったのは、彼とフッカーが共著したB面用の曲、「I Love Rock’n’Roll」だった。ジョアン・ジェットはアローズがこの曲を演奏するのを、1976年、ランナウェイズとのツアー中にテレビで見た。彼女は1981年にこの曲をソロシングルとして発表し、全米チャート1位に7週に渡り輝くことになった。2002年にはブリトニー・スピアーズがバージョン違いで録音し、2011年にはラルク・アン・シエルが別のバージョンをカバーしてペプシのCMに起用された。スーパーフライは、2015年にカバーを発売したが、その時のギタリストはアーロンだった。ウィアード・アル・ヤンコヴィックはパロディ・バージョンを録音、タイトルも「I Love Rocky Road」に変えた。ジョアン・ジェットのバージョンは、繰り返し様々な映画に起用されている。

後にアランはランナーというバンドを結成し、チャートインをするが、こちらは短命に終わる。その後、彼はリック・デリンジャーやルー・ロウルズらの曲を共作したり、ミートローフのバンドに短期間在籍。

また彼は折に触れ日本に戻ってきている。1990年にはヴォッカ・コリンズの再結成ツアーでも来日していた。

安らかに。