オペレーション・アイヴィーの再結成の噂がかしましい。オペレーション・アイヴィーは1987年から89年の間、カルフォルニア州バークレーをベースに活躍したスカ・パンクバンドだ。グリーンデイのキャリアを立ち上げたルックアウト・レコードと契約していた。バンド解散後、メンバーのティム・アームストロングとマット・フリーマンはランシッドというバンドを立ち上げ人気を博した。ランシッドもたまにオペレーション・アイヴィーの曲をライブ演奏などしていたが、他にもゴールドフィンガー、バック・オー・ナインやグリーンデイもカバーしている。再結成の噂だけは何度も公的な場所でも話があったが、2月5日、アームストロングとフリーマンがザ・スペシャルズのバックバンドで参加していた際、オペレーション・アイヴィーのメンバーだったジェシー・マイケルスが参加参加してオペレーション・アイヴィーの曲「Sound System」を演奏したことで、次もあるのでは?と期待が高まっている。

ペーヴメントが再結成を発表した。バンドは1989年、カリフォルニアのストックトンで結成、インディーズレーベルマタドールから、早期に成功したグループのひとつだ。1999年、バンドは解散。2010年に短期間再結成したものの、同期のピクシーズのように、再結成後の方が解散前よりも人気があることに気付いたようだ。彼らがもともと発表していたのはスペインとポルトガルの二つのフェスティバルへの参加だが、ファンはライブ予定が増えるのではないかと期待している。

ニューオリンズ・ジャズ・フェスタで最も話題になった事の一つに、期間限定のパパ・グローズ・ファンク再結成がある。パパ・グローズ・ファンクは2013年「期間未定の休止状態」に入ったが、バンドリーダーでキーボーディストのジョン・”パパ”・グローは必ずまた演奏すると約束していた。

このバンドはニューオリンズの大黒柱として活動を続け、他での演奏活動に加え、かの有名なメープル・リーフで10年以上にわたり、毎週ライブを行っていた。時々ツアーにも出かけ、日本にも2回、1回はフジロックでチャーのバックバンドとして来日している。このところ、メンバーのジョン・グローとジューン山岸は日本でプロジェクトバンドのファンク・オン・ダ・テーブルとして活動、メンバーにはドラマーのニッキ・グラスピーとライズの日本人ベーシストのケンケンが参加していた。パパ・グローズ・ファンクは4枚のファンキーなスタジオアルバムをリリース、日本ではバッファロー・レコードから入手できる。他にもドラマーのジェフリー・”ジェリービーン”・アレクサンダー(ジョン・クリアリーとも活動している)、ベーシストのマーク・ペロ、サキソフォン奏者のジェイソン・ミングルドルフもパパ・グローズ・ファンクのメンバーだ。

ライオット・ガール・ムーブメントが再燃しているようだ。ライオット・ガールの発信源とも言われるバンド、ビキニ・キルが最近再結成し、彼女達のライブは非常に高く評価されている。シンガーのキャスリーン・ハンナ率いるこのバンドはフェミニスト的な歌詞やエネルギッシュなパンク・パフォーマンスで流行の先端を行っていた。1990年から97年の活動期間中にキル・ロック・スターズ・レコードから2枚のスタジオアルバムをリリースしている。再結成したバンドには、オリジナルメンバーのハンナ、トビ・ヴェイルとキャシー・ウィルコックス、ギターのビリー・カレンの代理でエリカ・ドーン・ライルが参加している。ハンナはビースティ・ボーイズのアダム・ホロヴィッツと結婚しており、またニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirits」をインスパイアした事でも知られている。

ベーシストのメリッサ・オフ・ダ・マーによると、最近シンガーのコートニー・ラヴ、ドラマーのパティ・シェメルやギタリストのエリック・アーランドソンに会い、インタビューでホールの再結成をほのめかしている。ホールは1989年から2002年まで活動、また2010年から2012年まで再結成していた。悲劇のヒロインを気取るのとメディアの注目が大好きなコートニー・ラヴは以前キャスリーン・ハンナに暴行を働いており、ビキニ・キルを「詐欺師」などと呼び中傷を重ねている。コートニーは、カート・コバーンの元恋人達に対して暴力的で突拍子も無い行動を取る事で有名で、シンガーのメアリー・ルー・ロードも標的にされている。

伝説のハワイアン・グループ、ナ・パラパライが再結成し、現在ライブ活動をしている。ソロでも精力的に活動しているクアナ・トレス・カヘレ、ケアオ・コスタとケハウ・タムレが昨年共にハワイのブルー・ノートでギグを行い、『Bac to the Patch』という新アルバムをリリースする予定だ。フラの世界で非常に人気の高いクアナ・トレス・カヘレは、3月から数々のライブを日本でも行う予定で、チケットはすでに発売されている。

秘密に満ちた活動を続けいているニール・ヤングが、この度突然彼のバンド、クレージー・ホースを復活させた。このバンドはベースのビリー・タルボット、ドラムのラルフ・モリーナと多重奏者のニルス・ロフグレンで構成されている。ニールは特にリハーサルなどはしないと明言し、現在のところ、フレズノやベーカーズフィールドなど、カリフォルニア州でも中規模程度の街でしかライブの予告なども行なっていない。最初のライブではよく知られていない曲を多く演奏しつつ、「Cinnamon Girl」「Like a Hurricane」や「Don’t Cry No Tears」などの人気曲、『After the Gold Rush』からのトラック(18歳のニルス・ロフグレンがピアノを弾いていたもの)も演奏。

このところニールはプロミス・オブ・ザ・リアルというウィリー・ネルソンの息子たちのバンドと活動をしていて、今年後半までライブが決まっている。また、彼は音楽フィルム「Paradox」をプロミス・オブ・ザ・リアルと制作。ニールの恋人で女優のダリル・ハンナが監督をしている。

トッド・ラングレンがユートピアを再結成し、ツアーへの予定を発表した。しかし、ツアー開始直前にキーボードのラルフ・シュケットが健康に問題ありとして脱落。トッドは現在、4月18日開始のツアーのためにキーボーディストのヴィデオ公募を行っている。

ディキシー・ドレッグスが、2018年に再結成してツアーを行う予定だ。このバンドは1977年にカプリコーンからメジャーデビュー。バンドの核になるメンバーはジョージア州とフロリダ州の出身で、インストのハードロック、プログレッシブなスタイルはカプリコーンの「南部ロック」スタイルからは外れていた。彼らはトップ40位には届かなかったものの、非常にマニアックで熱心なファンを獲得した。何度かメンバーの変更もあり、シングルヒットを飛ばすプレッシャーに負けて1982年にバンドは解散。
初期メンバーにはスティーブ・モーズ、ロッド・モルゲンスタイン、アレン・スローン、スティーブ・デイヴィッドウスキー、アンディ・ウェストなど。モーズはディープ・パーブルにツアー・ギタリストとして採用され、メンバーの中で最も成功した。スローンは医者に転職、アンディ・ウェストはソフトウェア会社の重役になっている。

シンディ・ブレンズが、シドニーとして復活した!
シンガー・ソングライターのシンディ・ブレンズを覚えている方もいるだろう、70年代後半に批評家からも絶賛され、商業的にも大成功だった2枚のアルバムを出版した彼女は、ボブ・ディランのローリング・サンダーの一部としてツアーに参加していた途中で、エルトン・ジョンの2つの長期ツアーに参加するというほど引っ張りだこだった。グラミー賞にもノミネートされ、ロッド・スチュアートのバック・コーラスを務め、ミュージカル映画『グリース』では3曲でリードシンガーを務めた。
その成功にも関わらず、シンディはいつも自分自身に対して不自然さを感じていたという。3、4歳の頃には、自分は女性の体の中にいる男性だと確信していた。しかし、80年代には結婚して2人の子供を授かり、この頃には音楽業界からはほぼ身を引いていた。1999年には、アルバム『Somewhere Between Heaven and Earth』で復帰。11歳の娘ジェシーが、3年間の癌との闘病の末亡くなった。この経験が彼女に、ホルモン治療と性転換手術を受けることを決意させ、2012年には名前もシドニーと変更(通常Sidneyというスペルの男性名と同じ発音)。
現在、彼女は自分の歴史と音楽をワンマンライブに変えてツアーを行なっている。

ペルーの伝説的シューゲーズバンド、Resplandorが再結成して活動を再開した。5月18日にはリマでスロウダイヴと共演する予定。
スロウダイヴ自身、5月22日に22年ぶりのアルバム『Dead Oceans』をリリースする。スロウダイヴは今年、すでに売切れ多数の北米ツアーを敢行予定。また、ラテンアメリカツアーでは、リマの他にもチリのサンチアゴ、ブラジルのサンパウロ、アルゼンチンのブエノスアイレスに向かう。ヨーロッパでもツアーをするが、最近フジロックのラインアップにも記名。フジロックの最近のリスティングをチェックすると、コーネリウス、ザ・ストライプス、ジェイク・シマブクロ、デデマウス、Ogre You Assholeに加えてスロウダイヴの名前が掲載されているはずだ。