伝説的なジャズのプロモーター、ジョージ・ウィーンが95歳で他界した。ジョージは1954年にニューポート・ジャズ・フェスティバルを開始。また、JVCジャズ・フェスティバル、ニューオリンズ・ジャズ・アンド・ヘリテージ・フェスティバル、ボストン・グローブ・ジャズ・フェスティバルやプレイボーイ・ジャズ・フェスティバルなど次々と立ち上げた。ジョージ本人もピアニストで、1950年にボストンのジャズクラブ、ストーリーヴィルを開店、自分が好きなミュージシャンをブッキングしていたら、多くが後にスターとして活躍した。彼自身はクラブ経営で儲けることはなかったが、裕福なジャズ・ファンや、多くのジャズ・ミュージシャンらに支えられ、フェスティバル・ビジネスを開始。彼が主催したフェスティバルでの有名なレコーディングのひとつに、マイルス・デイヴィスの『Round Midnight』(1955年にライブレコーディングし、これによってコロムビアとの契約につながり、ドラッグから足を洗った後の再起のきっかけとなった)。また、ボブ・ディランが1965年に『電化(フルアコースティックからエレキサウンドへ)』したのもニューポートのフェスティバルだった。他にも、デューク・エリントン、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、ニーナ・シモン、ハービー・マン、ジョン・コルトレーンやカウント・ベイシーら、多くの有名なライブ・レコーディングが残されている。ジョージは彼のプロダクション会社、フェスティバル・プロダクションズを2007年に売却したが、最後まで音楽と共にあった。音楽ビジネスの巨人、ジョージ・ウィーンよ、安らかに。

 

日本のオルタナロック/ポエトリー・ラッパーの春ねむりが、11月の1日から7日の短期間でサンフランシスコ、ニューヨーク、シカゴとLAを周り、デビューアルバム『春と修羅』はオンラインで世界中から高い評価を受けているため、彼女のライブ・パフォーマンスに対しての期待が高まっている。

デイヴ・マシューズ・バンドがツアーを再開、ワシントンではニューオリンズのファンクバンド、ダムスタファンクが前座を務めた。彼らの9月4日のパフォーマンスは予定通りには行かなかったものの、素晴らしい結果となった。バンドのドラマー、カーター・ボーフォード、ベーシストのステファン・レッサードが新型コロナに罹患で出演できず(彼らはワクチン接種済みだったため、軽症で済んだという)。デイヴ・マシューズはライブをソロで開始し、一人ずつメンバーを追加。以前デイヴ・マシューズ・バンドのメンバーとしてツアーに参加経験のあるダムスタファンクのベーシスト、トニー・ホールがいくつかの曲で演奏に参加した。ライブはダムスタファンクとデイヴ・マシューズ・バンドのメンバー全員で終了、最後に全員でスライ・ストーンの「Thank You (Fallettinme Be Mice Elf Agin)」と、ピーター・ガブリエルの「Sledgehammer」を熱演した。