ジャズのWayne Shorterが他界

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ジャズ作曲家でサキソフォン奏者のウェイン・ショーターが89歳で他界した。ウェインが最初に世に出たのはアート・ブレーキ―との共演がきっかけだ。サックスを吹くだけではなく、楽曲の提供もした。彼のソロ・デビューは1960年で、アルバムのタイトルは『Introducing Wayne Shorter』。1964年にはマイルス・デイヴィスの2つ目の「Great Quartet(偉大なる四重奏)」と呼ばれるバンドに参加、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスと共演しつつ、ソロとしての作品発表もブルーノートから続けている。1966年の彼のアルバム『Speak No Evil』は多くから彼の最高傑作と評されている。このアルバムのジャケットには最初の妻、テルコ・(アイリーン)・ナカガミがフィーチャーされている。マイルス・デイヴィスの最も有名なアルバム「In a Silent Way」「Bitches Brew」にもウェインは参加している。1970年に、ウェザー・リポートをジョー・ザヴィヌルと結成、バンドは大きな成功を収める。1972年にはドラマーのバスター・ウィルアムズに仏教を紹介されて以来は仏教家としての活動にも熱心に行いつつ、ハービー・ハンコックのコラボレーターとしても頻繁に活動した。ティナ・ターナーはウェイン・ショーターに暴力的な夫、アイクから逃げるための安全な場所を提供してもらい、命を救われたという。ジャズマンとされながら、ジョニ・ミッチェルやドン・ヘンリーのトラック(スマッシュ・ヒットの「End of Innocence」)にも参加したり、ローリング・ストーンズやスティーリー・ダン(アルバム『Aja』のファーストトラック)など、ジャズ以外のジャンルでも活躍。ウェイン・ショーターは生涯で12のグラミー賞を受賞し、彼の作曲した「Footprints」「Infant Eyes」「Yes or No」はジャズのスタンダードとして愛されている。安らかに。